この章は鷹を歌った歌を集めました。万葉集には、鷹を歌った歌は6首ありますが、すべての歌が大伴家持の歌です。大伴家持は、鷹による鳥猟の趣味があり、大伴家持が如何にこの趣味にのめり込んでいたかは、この章の4011で鷹を逃がしてしまって落胆している様子で分ります。ここでの鷹の歌は、すべて逃げた羽に白いまだらの紋がある鷹の歌を歌っていますので、変化に乏しいです。
第17巻4011
この歌は、5.2章でも紹介しています.。
1 大君の 遠の朝廷ぞ おおきみの とほのみかどぞ
2 み雪降る 越と名に追へる みゆきふる こしとなにおへる
3 天離る 鄙にしあれば あまざかる ひなにしあれば
4 山高み 川とほしろし やまだかみ かはとほしろし
5 野を広み 草こそ茂き のをひろみ くさこそしげき
6 鮎走る 夏の盛りと あゆはしる なつのさかりと
7 島つ鳥 鵜養が伴は しまつとり うかひがともは
8 行く川の 清き瀬ごとに ゆくかはの きよきせごとに
9 篝さし なづさひ上る かがりさし なづさひのぼる
10 露霜の 秋に至れば つゆしもの あきにいたれば
11 野も多に 鳥すだけりと のもさはに とりすだけりと
12 大夫の 友誘ひて ますらをの ともいざなひて
13 鷹はしも あまたあれども たかはしも あまたあれども
14 矢形尾の 我が大黒に やかたをの あがおほぐろに
15 白塗の 鈴取り付けて しらぬりの すずとりつけて
16 朝猟に 五百つ鳥立て あさがりに いほつとりたて
17 夕猟に 千鳥踏み立て ゆふがりに ちとりふみたて
18 追ふ毎に 許すことなく おふごとに ゆるすことなく
19 手放れも をちもかやすき たばなれも をちもかやすき
20 これをおきて またはありがたし これをおきて またはありがたし
21 さ慣らへる 鷹はなけむと さならへる たかはなけむと
22 心には 思ひほこりて こころには おもひほこりて
23 笑まひつつ 渡る間に ゑまひつつ わたるあひだに
24 狂れたる 醜つ翁の たぶれたる しこつおきなの
25 言だにも 吾れには告げず ことだにも あれにはつげず
26 との曇り 雨の降る日を とのくもり あめのふるひを
27 鳥猟すと 名のみを告りて とがりすと なのみをのりて
28 三島野を そがひに見つつ みしまのを そがひにみつつ
29 二上の 山飛び越えて ふたがみの やまとびこえて
30 雲隠り 翔り去にきと くもがくり かけりいにきと
31 帰り来て しはぶれ告ぐれ かえりきて しはぶるつぐれ
32 招くよしの そこになければ をくよしの そこになければ
33 言ふすべの たどきを知らに いふすべの たどきをしらに
34 心には 火さへ燃えつつ こころには ひさえもえつつ
35 思ひ恋ひ 息づきあまり おもひこひ いきづきあまり
36 けだしくも 逢ふことありやと けだしくも あふことありやと
37 あしひきの をてもこのもに あしひきの をてもこのもに
38 鳥網張り 守部を据ゑて となみはり もりへをすゑて
39 ちはやぶる 神の社に ちはやぶる かみのやしろに
40 照る鏡 倭文に取り添へ てるかがみ しつにとりそへ
41 祈ひ祷みて 我が待つ時に こひのみて あがまつときに
42 娘子らが 夢に告ぐらく をとめらが いめにつぐらく
43 汝が恋ふる その秀つ鷹は ながこふる そのほつたかは
44 麻都太江の 浜行き暮らし まつだえの はまゆきくらし
45 つなし捕る 氷見の江過ぎ つなしとる ひみのえすぎて
46 多古の島 飛びた廻り たこのしま ひみのえすぎて
47 葦鴨の すだく古江に あしがもの すだくふるえに
48 一昨日も 昨日もありつ をとつひも きのふもありつ
49 近くあらば いま二日だみ ちかくあらば いまふつかだみ
50 遠くあらば 七日のをちは とおくあらば なぬかのをちは
51 過ぎめやも 来なむ我が背子 すぎめやも きなむわがせこ
52 ねもころに な恋ひそよとぞ いまに告げつる ねもころに なこひそよとぞ いまにつげつる
意味:
1 天皇の お治めになる遠い政庁に
2 美しい雪が降る 越という字が名前についている
3 空遠く離れた ひなびた土地であるので
4 山は高く 川は雄大だ
5 野は広く 草は生い茂る
6 鮎が走る 夏の盛りには
7 島の鳥で 鵜飼いをする人は
8 流れ行く川の 清き瀬ごとに
9 篝火を灯して 水に浮かび漂いながら上って行く
10 露霜の 秋になると
11 野でたくさん 鳥が集まってぎやかに鳴く
12 官人たちが 友を誘って
13 鷹は たくさんいるけれど
14 矢の形をした尾の 私の大黒に (注釈,大黒は、蒼鷹(羽毛が青色を帯びている鷹)の愛称である。)
15 白塗りの 鈴を取り付けて
16 朝猟に 五百羽もの鳥を追い立て
17 夕猟に 千羽もの鳥を踏み立て
18 追う毎に 取り逃がすことなく
19 手から飛び立って 戻ってくるのも容易な鷹は
20 この大黒をおいて 他にはない
21 それほどの手慣れた 鷹はないと
22 心では 誇りに思い
23 笑みを浮かべつつ 過ごしていたある日
24 狂った おいぼれ老人が
25 一言も 私には告げずに
26 空が一面に曇って 雨の降る日だというのに
27 鳥猟をすると それだけを告げて(大黒を勝手に連れ出してしまった)
28 (大黒が)三島野を 背後に見つつ
29 二上山を 飛び越えて
30 雲に隠れて見えなくなり 空中を飛び去ってしまいましたと
31 帰って来て せき込みながら告げた
32 だが、(大黒を)招き寄せる 手段が分からないので
33 指示する方法の 手立ても分からず
34 心の中では 火さえ燃えている
35 恋しく思い 息を止めているのに耐えきれず
36 おそらく (大黒に)逢うこともあろうかと
37 すそを長く引く 山のあちこちに
38 鳥網を張って 番人を置いて
39 霊威が強く効果の大きい 神の社に
40 輝く鏡を 青・赤などの縞を織り出した古代の布に取り添えて
41 願をかけて 私が待っていたところ
42 乙女が 夢に現れて告げる
43 汝が恋いている その素晴らしい鷹は
44 麻都太江(渋谿から氷見にかけての海岸)の 浜へ行って一日中飛んで暮らして
45 つなし(コノシロ、握り寿司のこはだ)を捕った 氷見の江を過ぎて
46 多古の島(布勢の海の東南部にあった島)を 飛び回り
47 葦鴨の 群がり集まる古江に
48 一昨日も 昨日もいました
49 早ければ いま二日ほど
50 遅ければ 七日以上
51 過ぎることはないでしょう きっと帰って来ますよあなた
52 そんなに心を込めて 恋いさないでと 現実のように告げました
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、逃げた鷹を思いて夢見、喜びて作る歌というタイトルがついている。この歌の後ろには、この歌の本当の状況が説明されている。それによると概略は次の通りです。射水郡の古江村にして蒼鷹を取獲った。姿は美麗しく雉(キジ)を鷙ることに秀れている。ここに養吏の山田史君麻呂(やまだのふひときみまろ)は調教時期を誤ると鷹は空高く飛んでしまい回収することができなくなった。そこで網を張って回収することを考え神に願をかけた。すると娘子が現れて「鷹が回収できるのはそれほど時間がかかりません」と告げた。そこで恨みを忘れて歌を作って待つことにした。というものですが、回収できたかどうかは分かりません。
第17巻4012
矢形尾の 鷹を手に据ゑ 三島野に 猟らぬ日まねく 月ぞ経にける
やかたをの たかをてにすゑ みしまのに からぬひまねく つきぞへにける
意味:
矢形の尾をもつ 鷹を手に乗せて 三島の野原で 鳥を捕らない日が積もり ひと月過ぎてしまった
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は、前の歌の反歌です。状況を良く示しています。
第17巻4013
二上の てもこのもに 網さして 我が待つ鷹を 夢に告げつも
ふたがみの てもこのもに あみさして あがまつたかを いめにつげつも
意味:
二上山の かなたこなたに 網を仕掛けて 私が待っている鷹が帰る日を 夢に見ることだった
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌も4011の歌の反歌です。こんどは気持ちを歌いました。
第19巻4154
1 あしひきの 山坂越えて あしひきの やまさかこえて
2 行きかはる 年の緒長く ゆきかはる としのをながく
3 しなざかる 越にし住めば しなざかる こしにしすめば
4 大君の 敷きます国は おほきみの しきますくには
5 都をも ここも同じと みやこをも ここもおやじと
6 心には 思ふものから こころには おもふものから
7 語り放け 見放くる人目 かたりさけ みさくるひとめ
8 乏しみと 思ひし繁し ともしみと おもひししげし
9 そこゆゑに 心なぐやと そこゆゑに こころなぐやと
10 秋づけば 萩咲きにほふ あきづけば はぎさきにほふ
11 石瀬野に 馬だき行きて いはせのに うまだきゆきて
12 をちこちに 鳥踏み立て をちこちに とりふみたて
13 白塗りの 小鈴もゆらに しらぬりの をすずもゆらに
14 あはせ遣り 振り放け見つつ あはせやり ふりさけみつつ
15 いきどほる 心のうちを いきどほる こころのうちを
16 思ひ延べ 嬉しびながら おもひのべ うれしびながら
17 枕付く 妻屋のうちに まくらづく つまやのうちに
18 鳥座結ひ 据えてぞ我が飼ふ 真白斑の鷹 とぐらゆひ すゑてぞわがかふ ましらふのたか
意味:
1 尾根を長く引いた 山坂を越えて
2 行き変わり 何年もずっと長く
3 多くの坂を越えて遠く離れた 越の国に住めば
4 天皇の お治めになる国は
5 都でさえも ここも同じと
6 心には 思うもので
7 語ることを避け 見ることを避ける人目
8 物足りないと 思うことが多く
9 そこ故に 心を慰めようと
10 秋になれば 萩が咲いて匂う
11 石瀬野に 馬に乗りに行き
12 あちらこちらに 鳥を踏み追い立て
13 白塗りの 小鈴もカラカラと
14 音を立て行き ふり仰いではるか遠くを見ながら
15 いきどおる 心の内の
16 思ひをゆったりとさせる 嬉しいと思いながら
17 枕が並べる 夫婦の寝所の中に
18 鳥のねぐらを 置いて私が飼っている 羽に白いまだらの紋がある鷹
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)都から遠く離れた地方で生活するやるせなさを歌った歌。
第19巻4155
矢形尾の 真白の鷹を 宿に据ゑ 掻き撫で見つつ 飼はくしよしも
やかたをの ましろのたかを やどにすゑ かきなでみつつ かはくしよしも
意味:
矢形の尾をもつ 真っ白な鷹を 宿に置いて 羽をやさしくさすって見ながら 飼うことは素晴らしい
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)大伴家持は、鷹を使って野鳥を捕る遊びをしていたので鷹を大切飼っていた。この鷹を逃がしてしまったときのことが、この章の最初の4011には歌われていた。
第19巻4249
石瀬野に 秋萩しのぎ 馬並めて 初鷹猟だに せずや別れむ
いはせのに あきはぎしのぎ うまなめて はつとがりだに せずやわかれむ
意味:
石瀬野に 秋の萩を押し分けて 馬を並べ 初めての鷹の猟だったのに それをしないで別れました
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌のタイトルには、「7月17日をもって少納言に選任する。よって悲別の歌を作って朝集使集掾久米朝臣廣縄が館におくり残す。」あります。大伴宿禰家持が少納言に選任されたので、別れの言葉を廣縄のために作り、廣縄の館に送ったということかと思います。