第6巻954

朝は 海辺にあさりし 夕されば 大和へ越ゆる 雁し羨しも

 

あしたは うみへにあさりし ゆふされば やまとへこゆる かりしともしも

意味:

朝は 海辺で餌をあさって 夕方になると 大和へ越えて行く 雁は羨ましいものだ

作者:

膳王(かしはでのおおきみ、かしわでのおおきみ、膳夫王とも書く)長屋王の子です。長屋王の変のときに、母(長屋王の正妻、吉備(きび、内親王)とともに連座して、自殺した。なお、吉備内親王の姉は、元生天皇(女帝、氷高皇女)です。

 

第7巻1161

家離り 旅にしあれば 秋風の 寒き夕に 雁鳴き渡る

いへざかり たびにしあれば あきかぜの さむきゆふへに かりなきわたる

意味: 家を離れて 旅の途中だ 秋風の 寒い夕方に 雁が鳴きながら渡って行く

作者: この歌の作者は不明です。羈旅(旅)にして作るというタイトルの中の歌です。

 

第7巻1513

今朝の朝明 雁が音聞きつ 春日山 もみちにけらし 我が心痛し

 

けさのあさけ かりがねききつ かすがやま もみちにけらし あがこころいたし

意味:

今日の朝早く 雁の鳴き声を聞いた 春日山は 紅葉が色づいたようだが 私の心は痛い

作者:

穂積皇子(ほずみのみこ)この歌の最後の「私の心は痛い」というのは、「紅葉を見たいという」気持ちと「但馬皇女を見たい」という気持ちがあることの表現です。穂積皇子と但馬皇女の関係は、次の1515の但馬皇女の歌を見てください。

 

第8巻1515

言繁き 里に住まずは 今朝鳴きし 雁にたぐひて 行かましものを[国にあらずは]

 

 

ことしげき さとにすまずは けさなきし かりにたぐひて ゆかましものを (くににあらずは)

意味:

うわさの激しい 里に住まないで 今朝鳴いた 雁と一緒に 行ったらよかったよ[国にいないで]

作者:

但馬皇女(たじまのひめみこ)一説には、子部王(児部女王?)という説もある。但馬皇女には、これと類似の歌が116にある。

 

116

人言を 繁み言痛み おのが世に いまだ渡らぬ 朝川渡る

ひとごとを しげみこちたみ おのがよに いまだわたらぬ あさかはわたる

意味:

世間のうわさの 激しい言葉が痛く これまでの人生で 渡ったことのない 川を今朝は渡りあなたのところへ

 

この歌には、次のような説明がついている。但馬皇女が高市皇子の宮にいるときに、ひそかに穂積皇子に逢いに(事すでに現れて作らす歌となっているので)すでに行ってしまったようです。但馬皇女は天武天皇の皇女で母は氷上娘。穂積皇子も天武天皇の皇子で母は大蕤娘、すなわちこの二人は兄妹であった。また、但馬皇女は高市皇子の妃であったともいわれる。但馬皇女と穂積皇子のこのような関係から、うわさが激しかったのです。

 

第8巻1539

秋の田の 穂田を雁がね 暗けくに 夜のほどろにも 鳴き渡るかも

 

 

あきのたの ほたをかりがね くらけくに よのほどろにも なきわたるかも

意味:

秋の田の 稲の穂が出そろい雁は まだ暗い 夜の闇の白み始める頃 鳴きながら渡って行く

作者:

聖武天皇(しょうむてんのう)タイトルは天皇御製歌二首となっている。二首目は、次の1540である。

 

第8巻1540

今朝の朝明 雁が音寒く 聞きしなへ 野辺の浅茅ぞ 色づきにける


けさのあさけ かりがねさむく ききしなへ のへのあさぢぞ いろづきにける

意味:

今日の朝早く 雁の鳴き声を寒々しく 聞いたちょうどそのとき 野原の丈の低いちがやが 色づいていました

作者:

聖武天皇(しょうむてんのう)1539と類似の情景の歌です。歌会における歌と思われる。

 

第8巻1556

秋田刈る 仮廬もいまだ 壊たねば 雁が音寒し 霜も置きぬがに


あきたかる かりいほもいまだ こほたねば かりがねさむし しももおきぬがに
意味: 
秋の田圃の稲を刈る 仮設の粗末な小屋もいまだ 壊してないので 雁の鳴き声も寒々しく 霜も降りたよ
作者:
忌部首黒麻呂(いんべのくろまろ)奈良時代の中級官僚、万葉集には4首の歌がある。この歌には、稲刈りをするための小屋のことが歌われているが、この時代は、下級官人やその家族たちも自ら仮小屋を作って泊まり込みで稲刈りに行くということがあったらしい。

 

第8巻1562

誰れ聞きつ こゆ鳴き渡る 雁がねの 妻呼ぶ声の 羨しくもあるか

たれききつ こゆなきわたる かりがねの つまよぶこゑの ともしくもあるか
意味;

誰か聞いていたでしょうか 鳴きながら渡って行く 雁の 妻を呼ぶ声は 心惹かれるよ
作者:

巫部麻蘇娘子(かんなぎべの まそのおとめ )この女性の詳細は不明ですが、この人の歌が万葉集の4巻と8巻に2首づつある。この1562の歌に1563で大伴家持が次のように答えている。

 

第8巻1563

聞きつやと 妹が問はせる 雁が音は まことも遠く 雲隠るなり

 

ききつやと いもがとはせる かりがねは まこともとほく くもがくるなり

意味:

聞きましたかと あなたが問うた 雁の声は まことに遠くで 雲に隠れていました

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)巫部麻蘇娘子の神妙な問に対して、家持のつれない返事です。

 

第8巻1566

久方の 雨間も置かず 雲隠り 鳴きぞ行くなる 早稲田雁がね

 

ひさかたの あままもおかず くもがくり なきぞゆくなる わさだかりがね
意味:
天空の 雨の晴れ間もなく 雲に隠れて 鳴き渡って行く 早稲田(早く実る稲が植えてある田)の上の雁
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、大伴家持の秋の歌4首というタイトルが付いている。4首の内の2首目は、次の1567で次の歌です。

 

第8巻1567

雲隠り 鳴くなる雁の 行きて居む 秋田の穂立 繁くし思ほゆ

 

くもがくり なくなるかりの ゆきてゐむ あきたのほたち しげくしおもほ

意味:

雲に隠れて 鳴く雁が どこかへ渡って行く 稲穂が立った秋の田だろうか 繰り返しそんな気がするよ

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、大伴家持の秋の歌4首というタイトルが付いている。4首の内の2首目です。前の1566が1首目の歌です。