第13巻3281
1 我が背子は 待てど来まさず わがせこは まてどきまさず
2 雁が音も 響みて寒し かりがねも とよみてさむし
3 ぬばたまの 夜も更けにけり ぬばたまの よもふけにけり
4 さ夜更くと あらしの吹けば さよふくと あらしのふけば
5 立ち待つに 我が衣手に たちまつに わがころもでに
6 置く霜も 氷にさえわたり おくしもも ひにさえわたり
7 降る雪も 凍りわたりぬ ふるゆきも こほりわたりぬ
8 今さらに 君来まさめや いまさらに きみきまさめや
9 さな葛 後も逢はむと さなかづら のちもあはむと
10 大船の 思ひ頼めど おほぶねの おもひたのめど
11 うつつには 君には逢はず うつつには きみにはあはず
12 夢にだに 逢ふと見えこそ 天の足り夜に いめにだに あふとみえこそ あめのたりよに
意味:
1 私の恋人は 待てども来ません
2 雁の鳴き声も 響きわたって寒々しい
3 真っ暗な 夜も更けてしまった
4 その夜が更けると 嵐が吹けば
5 立ったままで待つと 私の着物の袖に
6 降る霜も 氷に一面に冷え込む
7 降る雪も 凍り渡る
8 今になって あなたは来ないでしょう
9 葛のつるが先で交わるように 後ででも会おうと
10 頼りになる大船に 私の思いを頼んでも
11 現実には 君には逢えない
12 せめて夢にだけでも 逢えると見えてこそ 天から満ち足りた夜になる
作者:
この歌の作者は不明です。この歌の前の歌3280は、この歌と非常に良く似ています。この歌は、光源氏のような男性の訪問を待つ女性の心を歌ったものです。正式に結婚しているのかどうかは不明です。
この歌で歌っている葛は、今では長い蔓を持つ雑草ですが万葉集ではこの歌以外でもたくさん歌われている。葛からは葛粉が作られ、葛粉からは葛餅が作られたたし、葛の花は、女性の髪を飾ることもあったらしい。葛の蔓は非常に長く丈夫であったのでつい最近までは、綱引きの綱などを作ることもあったという。
葛の花
第13巻3345
葦辺行く 雁の翼を 見るごとに 君が帯ばしし 投矢し思ほゆ
あしへゆく かりのつばさを みるごとに きみがおばしし なげやしおもほゆ
意味:
葦辺を飛んで行く 雁の翼を 見るたびに あなたが腰に下げていた 投げ矢を思い出します
作者:
この歌の作者は不明です。この歌は長歌に対して反歌として歌われたもので、この長歌も反歌も防人の妻が作ったものであるということが説明されています。夫は、外国との戦いのために九州へ行ったものと思われます。
第15巻3665
を思ひ 寐の寝らえぬに 暁の 朝霧隠り 雁がねぞ鳴く
いもをおもひ いのねらえぬに あかときの あさぎりごもり かりがねぞなく
意味:
恋人を思って 寝られずにいると 夜明け前に 朝霧がこもって 雁が鳴きました
作者:
この歌の作者は不明です。この歌には海辺にて月を望み作る歌9首というタイトルがついている。
第15巻3676
天飛ぶや 雁を使に 得てしかも 奈良の都に 言告げ遣らむ
あまとぶや かりをつかひに えてしかも ならのみやこに ことつげやらむ
意味:
天を飛ぶ! 雁を使いに 手に入れてその上 奈良の都に 言葉を告げに行かせよう
作者:
この歌の作者は不明です。この歌は、福岡県糸島郡志摩町の糸島半島西南の引津で船泊して作る歌というタイトルルが付いている。天平8年(736年、藤原4兄弟が天然痘で亡くなる前年)に新羅に派遣される船のなかで、都の恋人を偲んで歌った歌です。
第15巻3691
1 天地と ともにもがもと あめつちと ともにもがもと
2 思ひつつ ありけむものを おもひつつ ありけむものを
3 はしけやし 家を離れて はしけやし いへをはなれて
4 波の上ゆ なづさひ来にて なみのうへゆ なづさひきにて
5 あらたまの 月日も来経ぬ あらたまの つきひもきへぬ
6 雁がねも 継ぎて来鳴けば かりがねも つぎてきなけば
7 たらちねの 母も妻らも たらちねの ははもつまらも
8 朝露に 裳の裾ひづち あさつゆに ものすそひづち
9 夕霧に 衣手濡れて ゆふぎりに ころもでぬれて
10 幸くしも あるらむごとく さきくしも あるらむごとく
11 出で見つつ 待つらむものを いでみつつ まつらむものを
12 世間の 人の嘆きは よのなかの ひとのなげきは
13 相思はぬ 君にあれやも あひおもはぬ きみにあれやも
14 秋萩の 散らへる野辺の あきはぎの ちらへるのへの
15 初尾花 仮廬に葺きて はつをばな かりほにふきて
16 雲離れ 遠き国辺の くもばなれ とほきくにへの
17 露霜の 寒き山辺に 宿りせるらむ つゆしもの さむきやまへに やどりせるらむ
意味:
1 天地と 妻と二人一緒にありたいと
2 心の底で思いつつ あったであろうものを
3 ああ、いたわしいことよ 家を離れて
4 波の上を 漂い来て
5 新しい 月日も過ぎ行く
6 雁も 絶えず来て鳴く頃になれば
7 親愛なる 母も妻も
8 朝露に 裳のすそが汚れ
9 夕霧に 袖口を濡らし
10 幸せそうに しているだろう
11 家の外で 待っているもを
12 俗世の 人の嘆きは
13 こちらから一方的に思うだけの 君であるかも
14 秋萩の 散る野辺の
15 穂の出始めたススキを 粗末な小屋の屋根に葺いて
16 雲の彼方の 遠い国のどこか
17 露霜の 寒い国のどこかに 君は暮しているだろう
作者:
葛井連子老(ふぢゐのむらじこおゆ)この歌には、壱岐の島に至りて、雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)のたちまちに鬼病に遇ひて死去にし時に作る歌というタイトルが付いています。葛井連子老と雪連宅満は、天平八年に遣新羅使に同行したが、壱岐の島まで来たときに、雪連宅満が天然痘で急死した。雪連宅満は、寄港地の九州で、天然痘に感染したらしい。この時挽歌として、葛井連子老が歌ったのがこの歌です。壱岐の島には、今も雪連宅満の墓があるという。
第17巻3947
今朝の朝明 秋風寒し 遠つ人 雁が来鳴かむ 時近みかも
けさのあさけ あきかぜさむし とほつひと かりがきなかむ ときちかみかも
意味:
今朝の東の空が明るくなる頃 秋の風が寒い 遠くから 雁が来て鳴く その時期が近いかも知れません
作者:
守(かみ)大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)万葉集のこの歌の作者は守(かみ)大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)となっているが、ここで守とは、地方の長官、国司の長官、地方官の長などの意味である。
第17巻3953
雁がねは 使ひに来むと 騒くらむ 秋風寒み その川の上に
かりがねは つかひにこむと さわくらむ あきかぜさむみ そのかはのへに
意味:
雁は 使いに来ると 騒いでいる 秋風が寒い その川の上に
作者:
守(かみ)大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)雁がねの歌は歌会のテーマになっているものが多い。内容的には前の歌の内容や言葉を受けて歌ったものが多い。
第19巻4144
燕来る 時になりぬと 雁がねは 国偲ひつつ 雲隠り鳴く
つばめくる ときになりぬと かりがねは くにしのひつつ くもがくりなく
意味:
ツバメが来る 時になると 雁は 帰る国を思いつつ 雲に隠れて鳴きます
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は7.1章のツバメの部分でも取り上げました。
第19巻4145
春まけて かく帰るとも 秋風に もみたむ山を 越え来ざらめや [春されば帰るこの雁]
はるまけて かくかへるとも あきかぜに もみたむやまを こえこざらめや (はるされば かへるこのかり)
意味:
季節が春になって このように帰って 秋風に 紅葉する山を 越えて来ないか、いや、きっと来るに違いない[春が来れば帰るこの雁]
作者:
この歌の作者は不明です。かっこ内の「春が来れば帰るこの雁」とすると、全体の歌の意味を分かり難くするように思います。
第19巻4224
朝霧の たなびく田居に 鳴く雁を 留め得むかも 我が宿の萩
あさぎりの たなびくたゐに なくかりを とどめえむかも わがやどのはぎ
意味:
朝霧が 横に長く引く田んぼに 鳴く雁を 留めることができるかも 我が屋の萩は
作者:
この歌の作者は不明です。この歌は、秋が深まっても我が家の萩が元気なので、「秋の終わりには渡ってしまう雁もこの後もここに留めること出来そうだ」と歌っています。
第20巻4296
天雲に 雁ぞ鳴くなる 高円の 萩の下葉は もみちあへむかも
あまくもに かりぞなくなる たかまとの はぎのしたばは もみちあへむかも
意味:
天の雲の中で 雁が鳴くと 高円山(春日山の南の山)の 萩の下葉は 色づくことであろう
作者:
左京少進大伴宿禰池主(さきょうしょうしんおおとものすくねいけぬし)左京少進京とは京の司法、行政、警察を行った行政機関です。
第20巻4366
常陸指し 行かむ雁もが 我が恋を 記して付けて 妹に知らせむ
ひたちさし ゆかむかりもが あがこひを しるしてつけて いもにしらせむ
意味:
睦の国(茨城県付近)を 目指して 飛んで行く雁がいたら 私の恋を 手紙に持たせて 恋人に知らせよう
作者:
物部道足(もののべのみちたり)常陸の人で防人として築紫に派遣された人。万葉集には二つの歌がある。