第1巻38

1   やすみしし 我が大君              やすみしし わがおおきみ
2   神ながら 神さびせすと             
かむながら かむさびせすと
3   吉野川 たぎつ河内に              
よしのかは たぎつかふちに
4   高殿を 高知りまして              
たかとのを たかしりまして
5   登り立ち 国見をせせば             
のぼりたち くにみをせせば
6   たたなはる 青垣山               
たたなはる あをかきやま
7   山神の 奉る御調と               
やまつみの まつるみつきと
8   春へは 花かざし持ち              
はるへは はなかざしもち
9   秋立てば 黄葉かざせり(別の本では 黄葉かざし)
あきたてば もみちかざせり(もみちばかざし)
10  行き沿ふ 川の神も               
ゆきそふ かはのかみも
11  大御食に 仕へ奉ると              
おほみけに つかへまつると
12  上つ瀬に 鵜川を立ち              
かみつせに かはをたち
13  下つ瀬に 小網さし渡す             
しもつせに さでさしわたす
14  山川も 依りて仕ふる 神の御代かも       
やまかはも よりてつかふる かみのみよかも

意味:

1   国の隅々までお治めになっている 我々の天皇は
2   神として 神らしく振舞おうと
3   吉野川の 水がわき立って曲がるところに
4   高い建物を 立派にお建てになり
5   登り立って 国の地勢、景色や人民の生活状態を望み見ると
6   垣根のように連なった 山に木々が青々と茂り
7   山の神の めぐみと
8   春には 花の髪飾りを付けて
9   秋になれば 紅葉を髪にかざす
10  山の神に行き沿ふ 川の神も
11  天皇の食事に 仕へ奉ろうと
12  上の瀬に 鵜飼いが立ち
13  下の瀬に すくい網をかける
14  山も川も 天皇のために仕える 神の御代かも

作者:

柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそんひとまろ)が持統天皇の吉野の宮滝付近にあった吉野宮の行幸に随行したとき作った歌です。持統天皇は、天武天皇との思い出の地の吉野宮に何度も行幸しているために、何時の行幸時に作成された歌か作成年はわかっていません。人麻呂は宮廷歌人であり、この歌のように天皇を褒めたたえる長歌をたくさん作っています。

川鵜

第3巻359

阿倍の島 鵜の住む磯に 寄する波 間なくこのころ 大和し思ほゆ

あへのしま うのすむいそに よするなみ まなくこのころ やまとしおもほゆ
意味:

阿倍の島の 鵜の住む磯に 寄せる波のように 絶え間なくこの頃は 大和のことが思われる
作者:

山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひと)が阿倍の島の近く、または阿部の島の見えるところに比較的長く滞在していて、大和の家族のことを思いだすと歌っている。赤人については、天皇の行幸に随行したというような情報しかなく、また、阿部の島は、大阪阿倍野区にあったという説もあるが、確実にどこにあったのかは分からない。山部赤人の歌では、次の歌は誰もが知っている有名な歌です。

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける

第6巻943

玉藻刈る 唐荷の島に 島廻する 鵜にしもあれや 家思はずあらむ

たまもかる からにのしまに玉藻刈る 唐荷の島に 島廻する 鵜にしもあれや 家思はずあらむ しまみする うにしもあれや いへおもはずあらむ
意味:

美しい藻をかる 唐荷の島で 島を飛んで廻る 鵜になれというか 鵜でないので家の妻を思わぬことはない
作者:

山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひと)が唐荷の島(兵庫県たつの市の南方の地の唐荷島、中の唐荷島、沖の唐荷島の総称)を過ぎるときに歌った長歌の反歌である。この反歌の前に来ている長歌には、「妻から遠く離れて瀬戸内海を淡路島の方から西へ向かって来て、振り返ってみると我が家も見えず青々とした山が見えるばかりで、見え隠れする島の崎々で人恋しさが募るってくる。」という内容の歌である。

ここで上の歌で、「鵜になれというか」の部分にはどんな感情が働いているかを考えて見る。鵜は忍川の周辺でもよく見る。鴨の場合は2匹が仲良く並んでいることが多いが、鵜の場合は、2匹が仲良くしていることが少なく1匹でいるか、鵜の集団中にいるか、または、複数種類の鳥の集団の中にいることが多いのに気づきます。これからすると、鵜は1匹に強い鳥だが、人間はそのようになれないということを言っているように考えます。

鵜の集団、鵜の集団は電柱の上にいることが多い

 

第13巻3330

1   隠口の 泊瀬の川の         こもりくの はつせのかはの
2   上つ瀬に 鵜を八つ潜け       
かみつせに うをやつかづけ
3   下つ瀬に 鵜を八つ潜け       
しもつせに うをやつかづけ
4   上つ瀬の 鮎を食はしめ       
かみつせの あゆをくはしめ
5   下つ瀬の 鮎を食はしめ       
しもつせの あゆをくはしめ
6   くはし妹に 鮎を惜しみ       
くはしいもに あゆををしみ
7   くはし妹に 鮎を惜しみ       
くはしいもに あゆををしみ
8   投ぐるさの 遠ざかり居て      
なぐるさの とほざかりゐて
9   思ふそら 安けなくに        
おもふそら やすけなくに
10  嘆くそら 安けなくに        
なげくそら やすけなくに
11  衣こそば それ破れぬれば      
きぬこそば それやれぬれば
12  継ぎつつも またも合ふといへ    
つぎつつも またもあふといへ
13  玉こそば 緒の絶えぬれば      
たまこそば をのたえぬれば
14  くくりつつ またも合ふといへ    
くくりつつ またもあふといへ
15  またも逢はぬものは 妻にしありけり 
またもあはぬものは つまにしありけり

意味:
1   山にかこまれ隠れ場所のような 泊瀬の川の
2   川上の瀬に 鵜をたくさん水にもぐらせ
3   川下の瀬に 鵜をたくさん水にもぐらせ
4   川上の瀬の アユを食わせ
5   川下の瀬の アユを食わせ
6   細やかで美しい妻のために アユを逃がすのが惜しい
7   細やかで美しい妻のために アユを逃がすのが惜しい
8   投げる矢が遠く飛ぶように この世を遠ざかっている
9   妻を思う気持ちは 安らかでない
10  妻を嘆く気持ちは 安らかでない

11  着物だったら それが破れれば
12  継いでいけば 破れ目は合わさる
13  玉だったら 繋ぐ紐が切れれば
14  くくっていけば 切れ目は合わさる
15  再び会うことがないのは 妻だけでしょうか

作者:

作者不詳、この歌は挽歌というタイトルの中の歌で、妻の死を悼む歌になっています。最初に出てくる泊瀬の川は、奈良県桜井市の初瀬地区に流れる初瀬川(泊瀬川)のことである。この川の下流が大和川になる。ただ、現在河川法での名前は上流まで大和川になっている。同じ発音の長谷寺もこの川の流域にある。この場所は、山に囲まれた長い谷状の地形であったためこの場所に作られた寺は長谷寺と名付けられたという。また、泊瀬には「隠口の」という枕ことばが使われた。

鵜のペア

第17章3991

(この歌は3章で取り上げられました)

1   もののふの 八十伴の男の       もののふの やそとものをの
2   思ふどち 心遣らむと         
おもふどち こころやらむと
3   馬並めて うちくちぶりの       
うまなめて うちくちぶりの
4   白波の 荒礒に寄する         
しらなみの ありそによする
5   渋谿の 崎た廻り           
しぶたにの さきたもとほり
6   松田江の 長浜過ぎて         
まつだえの ながはますぎて
7   宇奈比川 清き瀬ごとに        
うなひがは きよきせごとに
8   鵜川立ち か行きかく行き       
うかはたち かゆきかくゆき
9   見つれども そこも飽かにと      
みつれども そこもあかにと
10  布勢の海に 舟浮け据ゑて       
ふせのうみに ふねうけすゑて
11  沖辺漕ぎ 辺に漕ぎ見れば       
おきへこぎ へにこぎみれば
12  渚には あぢ群騒き          
なぎさには あぢむらさわき
13  島廻には 木末花咲き         
しまみには こぬれはなさき
14  ここばくも 見のさやけきか      
ここばくも みのさやけきか
15  玉櫛笥 二上山に           
たまくしげ ふたがみやまに
16  延ふ蔦の 行きは別れず        
はふつたの ゆきはわかれず
17  あり通ひ いや年のはに        
ありがよひ いやとしのはに
18  思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと 
おもふどち かくしあそばむ いまもみるごと

意味:
1   武人として 朝廷に仕える多くの男が
2   親しい者同士 気晴らしをしようと
3   馬を並べて 内輪の言葉つきで
4   白波の 荒礒に近づく
5   渋谿(富山県氷見市渋谷)の 岬を廻って
6   松田江(富山県氷見市窪)の 長浜過ぎて
7   宇奈比川(富山県氷見市宇波)の 清き瀬ごとに
8   鵜飼いが立ち あちらこちらをうろうろして
9   見たけれど それも飽きたと
10  布勢の海(氷見市西南部)に 舟を浮べて
11  沖の方に漕ぎ出たり 海辺を漕いただりして見れば
12  渚には あぢ鴨(トモエガモ)の群が騒ぎ
13  島の廻には 木々の梢に花が咲き
14  ここでの眺めは こんなにもさわやかであったのか
15  玉櫛笥 二上山に
16  這うツタのように 先は分れることもなく
17  存命のままで行ったり来たりしよう 来る年も来る年も
18  親しい者同士 こうして遊ぼう 今の私たちのように

作者: 大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)の歌で、「布勢の水海に遊覧する長歌」というタイトルが付けられている。布勢の海は、3章の第17巻3993でも出てきたが、内陸の水海で大伴宿禰家持の好きな場所である。 15行目の玉櫛笥(たまくしげ)は、櫛を入れる箱のことでふたがついていますが、この「ふた」の音を二上山の「ふた」と音が同じになるので、かけた枕ことばです。訳しようがありませんので、そのままにしています。

鵜は水面を走りながら飛び立つ