第17巻4011
(この歌は、3章でも紹介しました)
1 大君の 遠の朝廷ぞ おおきみの とほのみかどぞ
2 み雪降る 越と名に追へる みゆきふる こしとなにおへる
3 天離る 鄙にしあれば あまざかる ひなにしあれば
4 山高み 川とほしろし やまだかみ かはとほしろし
5 野を広み 草こそ茂き のをひろみ くさこそしげき
6 鮎走る 夏の盛りと あゆはしる なつのさかりと
7 島つ鳥 鵜養が伴は しまつとり うかひがともは
8 行く川の 清き瀬ごとに ゆくかはの きよきせごとに
9 篝さし なづさひ上る かがりさし なづさひのぼる
10 露霜の 秋に至れば つゆしもの あきにいたれば
11 野も多に 鳥すだけりと のもさはに とりすだけりと
12 大夫の 友誘ひて ますらをの ともいざなひて
13 鷹はしも あまたあれども たかはしも あまたあれども
14 矢形尾の 我が大黒に やかたをの あがおほぐろに
15 白塗の 鈴取り付けて しらぬりの すずとりつけて
16 朝猟に 五百つ鳥立て あさがりに いほつとりたて
17 夕猟に 千鳥踏み立て ゆふがりに ちとりふみたて
18 追ふ毎に 許すことなく おふごとに ゆるすことなく
19 手放れも をちもかやすき たばなれも をちもかやすき
20 これをおきて またはありがたし これをおきて またはありがたし
21 さ慣らへる 鷹はなけむと さならへる たかはなけむと
22 心には 思ひほこりて こころには おもひほこりて
23 笑まひつつ 渡る間に ゑまひつつ わたるあひだに
24 狂れたる 醜つ翁の たぶれたる しこつおきなの
25 言だにも 吾れには告げず ことだにも あれにはつげず
26 との曇り 雨の降る日を とのくもり あめのふるひを
27 鳥猟すと 名のみを告りて とがりすと なのみをのりて
28 三島野を そがひに見つつ みしまのを そがひにみつつ
29 二上の 山飛び越えて ふたがみの やまとびこえて
30 雲隠り 翔り去にきと くもがくり かけりいにきと
31 帰り来て しはぶれ告ぐれ かえりきて しはぶるつぐれ
32 招くよしの そこになければ をくよしの そこになければ
33 言ふすべの たどきを知らに いふすべの たどきをしらに
34 心には 火さへ燃えつつ こころには ひさえもえつつ
35 思ひ恋ひ 息づきあまり おもひこひ いきづきあまり
36 けだしくも 逢ふことありやと けだしくも あふことありやと
37 あしひきの をてもこのもに あしひきの をてもこのもに
38 鳥網張り 守部を据ゑて となみはり もりへをすゑて
39 ちはやぶる 神の社に ちはやぶる かみのやしろに
40 照る鏡 倭文に取り添へ てるかがみ しつにとりそへ
41 祈ひ祷みて 我が待つ時に こひのみて あがまつときに
42 娘子らが 夢に告ぐらく をとめらが いめにつぐらく
43 汝が恋ふる その秀つ鷹は ながこふる そのほつたかは
44 麻都太江の 浜行き暮らし まつだえの はまゆきくらし
45 つなし捕る 氷見の江過ぎ つなしとる ひみのえすぎて
46 多古の島 飛びた廻り たこのしま ひみのえすぎて
47 葦鴨の すだく古江に あしがもの すだくふるえに
48 一昨日も 昨日もありつ をとつひも きのふもありつ
49 近くあらば いま二日だみ ちかくあらば いまふつかだみ
50 遠くあらば 七日のをちは とおくあらば なぬかのをちは
51 過ぎめやも 来なむ我が背子 すぎめやも きなむわがせこ
52 ねもころに な恋ひそよとぞ いまに告げつる ねもころに なこひそよとぞ いまにつげつる
意味:
1 天皇の お治めになる遠い政庁に
2 美しい雪が降る 越という字が名前についている
3 空遠く離れた ひなびた土地であるので
4 山は高く 川は雄大だ
5 野は広く 草は生い茂る
6 鮎が走る 夏の盛りには
7 島の鳥で 鵜飼いをする人は
8 流れ行く川の 清き瀬ごとに
9 篝火を灯して 水に浮かび漂いながら上って行く
10 露霜の 秋になると
11 野でたくさん 鳥が集まってぎやかに鳴く
12 官人たちが 友を誘って
13 鷹は たくさんいるけれど
14 矢の形をした尾の 私の大黒に (注釈,大黒は、蒼鷹(羽毛が青色を帯びている鷹)の愛称である。)
15 白塗りの 鈴を取り付けて
16 朝猟に 五百羽もの鳥を追い立て
17 夕猟に 千羽もの鳥を踏み立て
18 追う毎に 取り逃がすことなく
19 手から飛び立って 戻ってくるのも容易な鷹は
20 この大黒をおいて 他にはない
21 それほどの手慣れた 鷹はないと
22 心では 誇りに思い
23 笑みを浮かべつつ 過ごしていたある日
24 狂った おいぼれ老人が
25 一言も 私には告げずに
26 空が一面に曇って 雨の降る日だというのに
27 鳥猟をすると それだけを告げて(大黒を勝手に連れ出してしまった)
28 (大黒が)三島野を 背後に見つつ
29 二上山を 飛び越えて
30 雲に隠れて見えなくなり 空中を飛び去ってしまいましたと
31 帰って来て せき込みながら告げた
32 だが、(大黒を)招き寄せる 手段が分からないので
33 指示する方法の 手立ても分からず
34 心の中では 火さえ燃えている
35 恋しく思い 息を止めているのに耐えきれず
36 おそらく (大黒に)逢うこともあろうかと
37 すそを長く引く 山のあちこちに
38 鳥網を張って 番人を置いて
39 霊威が強く効果の大きい 神の社に
40 輝く鏡を 青・赤などの縞を織り出した古代の布に取り添えて
41 願をかけて 私が待っていたところ
42 乙女が 夢に現れて告げる
43 汝が恋いている その素晴らしい鷹は
44 麻都太江(渋谿から氷見にかけての海岸)の 浜へ行って一日中飛んで暮らして
45 つなし(コノシロ、握り寿司のこはだ)を捕った 氷見の江を過ぎて
46 多古の島(布勢の海の東南部にあった島)を 飛び回り
47 葦鴨の 群がり集まる古江に
48 一昨日も 昨日もいました
49 早ければ いま二日ほど
50 遅ければ 七日以上
51 過ぎることはないでしょう きっと帰って来ますよあなた
52 そんなに心を込めて 恋いさないでと 現実のように告げました
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、逃げた鷹を思いて夢見、喜びて作る歌というタイトルがついている。この歌の後ろには、この歌の本当の状況が説明されている。それによると概略は次の通りです。射水郡の古江村にして蒼鷹を取獲った。姿は美麗しく雉(キジ)を鷙ることに秀れている。ここに養吏の山田史君麻呂(やまだのふひときみまろ)は調教時期を誤ると鷹は空高く飛んでしまい回収することができなくなった。そこで網を張って回収することを考え神に願をかけた。すると娘子が現れて「鷹が回収できるのはそれほど時間がかかりません」と告げた。そこで恨みを忘れて歌を作って待つことにした。というものですが、回収できたかどうかは分かりません。
第17巻4023
婦負川の 早き瀬ごとに 篝さし 八十伴の男は 鵜川立ちけり
めひがはの はやきせごとに かがりさし やそとものをは うかはたちけり
意味:
婦負川の 流れの早い浅瀬ごとに 篝火を焚いて 多くの部族の長は 鵜飼いをしている
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、天平20年(748年)の春の正月29日に作った4首の歌の一つで鵜を潜らせる人を見て作った歌というタイトルがついている。
第19巻4156
1 あらたまの 年行きかはり あらたまの としゆきかはり
2 春されば 花のみにほふ はるされば はなのみにほふ
3 あしひきの 山下響み あしひきの やましたとよみ
4 落ち激ち 流る辟田の おちたぎち ながるさきたの
5 川の瀬に 鮎子さ走る かはのせに あゆこさばしる
6 島つ鳥 鵜養伴なへ しまつとり うかひともなへ
7 篝さし なづさひ行けば かがりさし なづさひゆけば
8 我妹子が 形見がてらと わぎもこが かたみがてらと
9 紅の 八しほに染めて くれなゐの やしほにそめて
10 おこせたる 衣の裾も 通りて濡れぬ おこせたる ころものすそも とほりてぬれぬ
意味:
1 新年が来て 年が行き変り
2 春が来れば 花が美しく咲く
3 裾野を長く伸ばした 山の麓に音を響かせて
4 激しく落ちて 流れる辟田(さきた)の
5 川の瀬に 鮎が泳ぎ回る
6 島の鳥 鵜飼たちを伴い
7 篝火をさして 水に浮かんで行けば
8 妻が 形見にと
9 べに花で 何度も何度も染めて
10 こちらに送ってくれた 衣の裾も 水が通って濡れてしまった
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、鵜を潜らせる歌というタイトルがついている。辟田は富山県高岡市付近の地名と思われるが所在不明です。
第19巻4158
年のはに 鮎し走らば 辟田川 鵜八つ潜けて 川瀬尋ねむ
としのはに あゆしはしらば さきたかは うやつかづけて かはせたづねむ
意味:
毎年 鮎が泳ぎ回るようになったら 辟田川で 鵜をたくさん潜らせて 川の浅瀬を探し求めよう
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は、第19巻4156の長歌の二つの反歌の内の一つです。
第19巻4189
1 天離る 鄙としあれば あまさかる ひなとしあれば
2 そこここも 同じ心ぞ そこここも おなじこころぞ
3 家離り 年の経ゆけば いへざかり としのへゆけば
4 うつせみは 物思ひ繁し うつせみは ものもひしげし
5 そこゆゑに 心なぐさに そこゆゑに こころなぐさに
6 霍公鳥 鳴く初声を ほととぎす なくはつこゑを
7 橘の 玉にあへ貫き たちばなの たまにあへぬき
8 かづらきて 遊ばむはしも かづらきて あそばむはしも
9 大夫を 伴なへ立てて ますらをを ともなへたてて
10 叔羅川 なづさひ上り しくらがは なづさひのぼり
11 平瀬には 小網さし渡し ひらせには さでさしわたし
12 早き瀬に 鵜を潜けつつ はやきせに うをかづけつつ
13 月に日に しかし遊ばね 愛しき我が背子 つきにひに しかしあそばね はしきわがせこ
意味:
1 都の空の向こうの遠く離れた 田舎で暮らしているのだから
2 そちらもこちらも 同じ気持でしょう
3 家を隔てて 年月が過ぎて行けば
4 この世の人は 物思いが激しくなる
5 そのために 心を慰めるために
6 ホトトギスの その季節に最初に鳴く声を
7 橘の 玉に糸を貫き通して
8 髪飾りにして 遊ぶその頃にでも
9 官人を 伴なって
10 叔羅川(福井県武生市の日野川)を 流れに逆らって上り
11 流れの緩やかな浅瀬には 小網をかけて
12 流れの急な瀬には 鵜を潜らせて
13 毎月毎日 そのようにして遊んでいます 愛しいあなたよ
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかみち)が鵜を越前の判官大伴宿禰池主に送る歌というイトルが付けられています。橘と
は、ミカンと類似した植物だったら小型のものであろう。この歌は、大伴池主に送った歌ということにになる。大伴家持と大伴池主の関係が不明であるが、親戚関係であったのだろう。
第19巻4190
叔羅川 瀬を尋ねつつ 我が背子は 鵜川立たさね 気晴らしに
しくらがは せをたづねつつ わがせこは うかはたたさね こころなぐさに
意味:
叔羅川(福井県武生市の日野川)で 浅瀬を尋ねつつ 我が友よ 鵜飼いをしなさい 心の慰めに
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかみち)の歌で、前に挙げた4189の意味がよりはっきりします。
第19巻4191
鵜川立ち 取らさむ鮎の しがはたは 我れにかき向け 思ひし思はば
うかはたち とらさむあゆの しがはたは われにかきむけ おもひしおもはば
意味:
鵜飼をして 取った鮎の そのヒレは 私にそぎ取ってください 私の気持ちを思ったならば
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかみち)の歌で、前に挙げた4190の歌に蛇足的に家持の別な気持ちを伝えています。もしも鮎が捕れたならば、その鮎のヒレぐらいはくださいねと歌っている。