第11巻2708
しなが鳥 猪名山響に 行く水の 名のみ寄そりし 隠り妻はも (別の本では 名み寄そりて 恋ひつつやあらむ)
しながどり ゐなやまとよに ゆくみづの なのみよそりし こもりづまはも
意味:
カイツブリのいる 猪名山を響かせて 流れ行く水のように 噂ばかり寄せられて 隠れたきりであの娘は顔を見せてくれない。
作者:
作者は不明ですが、或歌に曰くという部分に記載されています。妻は妻問い婚の時代と考えられます。
第14巻3386
にほ鳥の 葛飾早稲を にへすとも その愛しきを 外に立てめやも
にほどりの かづしかわせを にへすとも そのかなしきを とにたてめやも
意味:
カイツブリのいる 下総国の葛飾郡の早生種の稲を 神に捧げる日でも 私の愛しい人を 外に立たせておけません
作者:
作者は不明ですが、下総の国と歌というタイトルの4つの歌の一つです。神事を行う日には家族であっても男性を家の中に入れることが禁止されていたが、そんなことはできませんという歌です。
第14巻3527
沖に住も 小鴨のもころ 八尺鳥 息づく妹を 置きて来のかも
おきにすも をかものもころ やさかどり いきづくいもを おきてきのかも
意味:
沖に住む 小鴨のような カイツブリみたいに 溜息をつく妻を 置いて来てしまった
作者:
作者は不明ですが、或本の歌に曰くという部分に記載されています。八尺鳥もカイツブリのことです。息づくにかかっていますのでカイツブリのような長い溜息を付くことを表現していると考えられます。男性は、仕事のために、困って長い溜息をついている妻を置いて、旅に出てしまったのです。
第15巻3627
1 朝されば 妹が手にまく あさされば いもがてにまく
2 鏡なす 御津の浜びに かがみなす みつのはまびに
3 大船に 真楫しじ貫き おほぶねに まかぢしじぬき
4 韓国に 渡り行かむと からくにに わたりゆかむと
5 直向ふ 敏馬をさして ただむかふ みぬめをさして
6 潮待ちて 水脈引き行けば しほまちて みをひきゆけば
7 沖辺には 白波高み おきへには しらなみたかみ
8 浦廻より 漕ぎて渡れば うらみより こぎてわたれば
9 我妹子に 淡路の島は わぎもこに あはぢのしま
10 夕されば 雲居隠りぬ ゆふされば くもゐかくりぬ
11 さ夜更けて ゆくへを知らに さよふけて ゆくえをしらに
12 我が心 明石の浦に あがこころ あかしのうらに
13 船泊めて 浮寝をしつつ ふねとめて うきねをしつつ
14 わたつみの 沖辺を見れば わたつみの おきへをみれば
15 漁りする 海人の娘子は いざりする あまのをとめは
16 小舟乗り つららに浮けり をぶねのり つららにうけり
17 暁の 潮満ち来れば あかときの しほみちくれば
18 葦辺には 鶴鳴き渡る あしべには たづなきわたる
19 朝なぎに 船出をせむと あさなぎに ふなでをせむと
20 船人も 水手も声呼び ふなびとも かこもこゑよび
21 にほ鳥の なづさひ行けば にほどりの なづさひゆけば
22 家島は 雲居に見えぬ いへしまは くもゐにみえぬ
23 我が思へる 心なぐやと あがもへる こころなぐやと
24 早く来て 見むと思ひて はやくきて みむとおもひて
25 大船を 漕ぎ我が行けば おほぶねを こぎわがゆけば
26 沖つ波 高く立ち来ぬ おきつなみ たかくたちきぬ
27 外のみに 見つつ過ぎ行き よそのみに みつつすぎゆき
28 玉の浦に 船を留めて たまのうらに ふねをとどめて
29 浜びより 浦礒を見つつ はまびより うらいそをみつつ
30 泣く子なす 音のみし泣かゆ なくこなす ねのみしなかゆ
31 たつみの 手巻の玉を わたつみの たまきのたまを
32 家づとに 妹に遣らむと いへづとに いもにやらむと
33 拾ひ取り 袖には入れて ひりひとり そでにはいれて
34 帰し遣る 使なければ かへしやる つかひなければ
35 持てれども 験をなみと また置きつるかも もてれども しるしをなみと またおきつるかも
意味:
1 朝が来れば 妻が手にもつ
2 鏡の面ような 御津の浜辺で
3 大きな船に 左右そろった櫂(かい)をたくさん取り付けて
4 韓国に 渡り行こうと
5 御津から真向いの 敏馬を目指して
6 航海に都合の良い潮の流れを待って 海流にそって行くと
7 沖合は 白波が高く
8 岸辺伝いに 漕いで渡って行くと
9 そこで出逢った 淡路の島は
10 夕方になると 雲がかかって視界が悪く
11 夜が更けると 進んで行く先も分からなくなる
12 我が心 明石の浦に
13 船を止めて 船の上で浮寝をしながら
14 海神の 沖のあたりを見れば
15 魚介類を取る 海女の娘は
16 小舟に乗って ずらり並んで浮いている
17 明け方の 潮が満ちてくれば
18 葦辺には 鶴が鳴き渡る
19 朝なぎに 船出をしようと
20 船人も 船頭も大声を出して
21 カイツブリのように 水に浮いてただよって行くと
22 家島(姫路沖の家島群島)は 雲の彼方に見えてきた
23 私の思いも 心慰められようと
24 早く来て 見ようと思って
25 大船を 漕いで私が行けば
26 沖の波が 高く立ってこちらに来たので
27 家島の外のみ 見ながら過ぎて行き
28 玉の浦(家島のか)に 船を止めて
29 浜辺より 入り江の磯を見ながら
30 泣く子供のように 声を上げて泣いてしまう
31 海神の 手に巻き付ける飾りの玉を
32 お土産に 妻に渡すために
33 拾って 袖に入れたが
34 家に送り返すにも 使者がいないので
35 持っていても しかたがないと また、置いてしまった
作者:
この歌も作者不詳であるが、「物に付きて思いを起こす歌」というタイトルが書かれている。すばらし歌なのに作者不詳とは残念です。この歌は18行目に鶴が歌われているので、2章にも出てきた。ここでは21行目のにほ鳥が対象である。ここでは「カイツブリのように 水に浮いてただよって行く」ということなので内容は簡単です。
第18巻4106
1 大汝 少彦名の おほなむち すくなびこなの
2 神代より 言ひ継ぎけらく かむよより いひつぎけらく
3 父母を 見れば貴く ちちははを みればたふとく
4 妻子見れば かなしくめぐし めこみれば かなしくめぐし
5 うつせみの 世のことわりと うつせみの よのことわりと
6 かくさまに 言ひけるものを かくさまに いひけるものを
7 世の人の 立つる言立て よのひとの たつることだて
8 ちさの花 咲ける盛りに ちさのはな さけるさかりに
9 はしきよし その妻の子と はしきよし そのつまのこと
10 朝夕に 笑みみ笑まずも あさよひに ゑみみゑまずも
11 うち嘆き 語りけまくは うちなげき かたりけまくは
12 とこしへに かくしもあらめや とこしへに かくしもあらめや
13 天地の 神言寄せて あめつちの かみことよせて
14 春花の 盛りもあらむと はるはなの さかりもあらむと
15 待たしけむ 時の盛りぞ またしけむ ときのさかりぞ
16 離れ居て 嘆かす妹が はなれゐて なげかすいもが
17 いつしかも 使の来むと いつしかも つかひのこむと
18 待たすらむ 心寂しく またすらむ こころさぶしく
20 射水川 流る水沫の いみづかは ながるみなわの
21 寄る辺なみ 左夫流その子に よるへなみ さぶるそのこに
22 紐の緒の いつがり合ひて ひものをの いつがり合ひて
23 にほ鳥の ふたり並び居 にほどりの ふたりならびゐ
24 奈呉の海の 奥を深めて なごのうみの おきをふかめて
25 さどはせる 君が心の すべもすべなさ さどはせる きみがこころの すべもすべなさ
意味:
1 大己貴命(おほなむちのみこと、大国主の別名) 少彦名(スクナビコナ、大国主の国造りに参加)の
2 神代より 言い継がれて来たことには
3 父母を 見れば貴く
4 妻子をみれば しみじみと愛しい
5 この世の 世の道理と
6 このように 言って来て
7 世の人が はっきりと誓った
8 エゴノキの花が 咲く盛りに
9 ああ、なつかしい その妻と
10 朝夕に 笑ったり、笑わずに
11 嘆いたりして 語り合ったことには
12 永遠に このようにあってほしい
13 天地の 神様、言葉を添えて助力して欲しい
14 春の花の 盛りもあるだろうと
15 待っていた 時の盛りですぞ
16 離れていて 嘆いていた妻が
17 今すぐにも 使いが来ると
18 待っているだろう 心寂しく
20 射水川 流れる水しぶきの
21 寄せる岸辺の波 左夫流(さぶる)という名の遊女に
22 紐の緒を結んで つながり合って
23 にほ鳥のように ふたりで並んで
24 奈呉の海(富山県西部海岸)の 奥底までに
25 血迷わせる 君の心は どうすることもできない
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は、反歌3首を含めて天平感宝1年5月15日に作ったということが記されている。この歌の後には、都の本妻が夫が呼ぶ前に自ら来たるときに作った歌が記録されている。歌の番号は4110で次のようなものである。
第18巻4110
左夫流子が 斎きし殿に 鈴懸ぬ 駅馬下れり 里もとどろに
さぶるこが いつきしとのに すずかけぬ はゆまくだれり さともとどろに
意味:
左夫流子が 大切にかしづいていた(皮肉)御殿に 鈴もつけない妻の早馬が下ってきた 里は大騒ぎになった
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は、家持と左夫流子(現地妻)のところに突然、家持の妻が来てしまったときの状況を歌ったものです。
第14巻4458
にほ鳥の 息長川は 絶えぬとも 君に語らむ 言尽きめやも
にほどりの おきながかはは たえぬとも きみにかたらむ ことつきめやも
意味:
カイツブリの 息長川の 流れが絶えることがあっても あなたに語りたい 言葉は尽きません
作者:
馬史国人(うまのふひとくにひと)渡来人、奈良時代の官人、歌人。馬史国人の歌は万葉集には、これ一つである。この歌に出てくるにほ鳥はカイツブリの別名の息長鳥(しながとり)で息長川にかかっている。この川が実際に有った川かどうかはっきりしないが、作者の意図からすれば存在していたと考えることが自然である。古代には息長(おきなが)川が実際にあったともいわれるが、他にもいろいろな説があるらしい。