第3巻443

1   天雲の 向伏す国の           あまくもの むかぶすくにの
2   ますらをと 言はれし人は        
ますらをと いはれしひとは
3   天皇の 神の御門に           
すめろきの かみのみかどに
4   外の重に 立ち侍ひ           
とのへに たちさもらひ
5   内の重に 仕へ奉りて          
うちのへに つかへまつりて
6   玉葛 いや遠長く            
たまかづら いやとほながく
7   祖の名も 継ぎ行くものと        
おやのなも つぎゆくものと
8   母父に 妻に子どもに          
おもちちに つまにこどもに
9   語らひて 立ちにし日より        
かたらひて たちにしひより
10  たらちねの 母の命は          
たらちねの ははのみことは
11  斎瓮を 前に据ゑ置きて         
いはひへを まへにすゑおきて
12  片手には 木綿取り持ち         
かたてには ゆふとりもち
13  片手には 和栲奉り           
かたてには にきたへまつり
14  平けく ま幸くいませと         
たひらけく まさきくいませと
15  天地の 神を祈ひ祷み          
あめつちの かみをこひのみ
16  いかにあらむ 年月日にか        
いかにあらむ としつきひにか
17  つつじ花 にほへる君が         
つつじはな にほへるきみが
18  にほ鳥の なづさひ来むと        
にほとりの なづさひこむと     
19  立ちて居て 待ちけむ人は        
たちてゐて まちけむひとは
20  大君の 命畏み             
おほきみの みことかしこみ
21  おしてる 難波の国に          
おしてる なにはのくにに
22  あらたまの 年経るまでに        
あらたまの としふるまでに
23  白栲の 衣も干さず           
しろたへの ころももほさず
24  朝夕に ありつる君は          
あさよひに ありつるきみは 
25  いかさまに 思ひいませか        
いかさまに おもひいませか
26  うつせみの 惜しきこの世を       
うつせみの をしきこのよを
27  露霜の 置きて去にけむ 時にあらずして 
つゆしもの おきていにけむ ときにあらずして
意味:
1   天雲が はるか向こうに横たわる国の
2   立派な男と 言われたあなたは
3   天皇の 宮殿の
4   外郭では 立ってお仕え申し上げ
5   宮殿の内側では 上の人に奉仕する
6   美しい葛のように たいへん遠く長く続く
7   祖先の名を 継ぎ行くものと
8   母父に 妻に子どもに
9   語った 官職についた日より
10  君を育てあげた 母は
11  神酒 (みき) を盛るための素焼きのつぼを 前に置いて
12  片手には 木綿(ゆう、コウゾの皮を蒸し細かく裂く)で作った白い紙を取り付けた榊(さかき)の木を取り持ち
13  片手には やわらかい布を奉り
14  穏やかに 無事でありなさいと
15  天地の 神に祈り
16  どのようになることか いつの日にか
17  つつじ花のように 香しい君が
18  カイツブリが 水に浮かび漂って来るかと
19  立ったり座ったして 待っていた君は
20  天皇の 命令に従って
21  一面に照り光る 難波の国に
22  新年が 何度も過ぎて行き
23  白い布の 衣も着替える余裕もなく
24  朝夕に 頑張ってきた君は
25  どのように 思いますか
26  はかない 大切なものを失う耐え難いこの世を
27  露霜のごとく 大切なものを残して死んでしまった まだ若いのに
作者:
大伴宿禰三中(おおとものすくねみなか)が摂津の国の班田(はんでん、公民に口分田を分け与え租税を確保する役所)の書記官の丈部竜麻呂(はせべのたつまろ)が自ら首をくくって死んだときに作成した歌である。大伴宿禰三中は班田の判官(三等官)で竜麻呂の上司。この歌は挽歌として分類されているように、竜麻呂の死を悲しむ三中や母の気持ちが切々と表現されている。

第4巻725

にほ鳥の 潜く池水 心あらば 君に我が恋ふる 心示さね

にほどりの かづくいけみづ こころあらば きみにあがこふる こころしめさね
意味:
カイツブリの 潜る池の水よ 池の水にこころがあるならば 私が君に恋うる 心を示しておくれ

作者:
大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)が聖武天皇に送った二つの歌の中の一つである。もう一つの歌は726番で3章で取り上げた。恋の相手は聖武天皇で、池は聖武天皇が住んでいるところにある池です。歌からすると聖武天皇とは簡単に会える状況ではないようです。

第5巻794

1   大君の 遠の朝廷と        おほきみの とほのみかどと
2   しらぬひ 筑紫の国に       
しらぬひ つくしのくにに
3   泣く子なす 慕ひ来まして     
なくこなす したひきまして
4   息だにも いまだ休めず      
いきだにも いまだやすめず
5   年月も いまだあらねば      
としつきも いまだあらねば
6   心ゆも 思はぬ間に        
こころゆも おもはぬあひだに
7   うち靡き 臥やしぬれ       
うちなびき こやしぬれ
8   言はむすべ 為むすべ知らに    
いはむすべ せむすべしらに
9   岩木をも 問ひ放け知らず     
いはきをも とひさけしらず
10  家ならば 形はあらむを      
いへならば かたちはあらむを
11  恨めしき 妹の命の        
うらめしき いものみことの
12  我れをばも いかにせよとか    
あれをばも いかにせよとか
13  にほ鳥の ふたり並び居      
にほどりの ふたりならびゐ
14  語らひし 心背きて 家離りいます 
かたらひし こころそむきて いへざかりいます

意味:

1   天皇の 都から遠く離れた地方にある政庁の
2   不知火(しらぬい、九州北西部で旧暦8月1日前後に現れる蜃気楼の一種)の 筑紫の国(福岡県の一部)まで
3   泣く子のように 私を慕たって来まして
4   一息さえも いまだ休めず
5   年月も それほど過ぎていないのに
6   心にも 思わぬ間に
7   倒れて  病床で横になっている
8   言いようも なすすべも知らず
9   岩石や木のように心情を持たないものにも どのように聞いたらよいか分からず

10  家に居たら 美しい姿であったろうに
11  恨めしい 妻の命よ
12  私に どうしようというのか
13  カイツブリのように 二人並んで
14  語り合ったが 心が背中を向けて なくなり墓にこもりました

作者:

山上憶良(やまのうえのおくら)この歌に歌われているように724年から729年の頃、大宰府に妻を連れて赴任した後で、妻をなくした。このときに悲しみが歌われている。この歌には、5つの反歌が歌われており悲しみが深かったことが伝わる。

第7巻1140

しなが鳥 猪名野を来れば 有馬山 夕霧立ちぬ 宿りはなくて (別の本では 猪名の浦みを 漕ぎ来れば)

しながどり ゐなのをくれば ありまやま ゆふぎりたちぬ やどりはなくて (ゐなのうらみを こぎくれば)

意味:

カイツブリの 猪名野から来れば 有馬山だ 夕霧が立っているが 今夜の宿が決まってないよ  

作者:

作者は不明です。タイトルは摂津にて作るとなっている。猪名の付く場所では他の歌でもカイツブリが枕ことばになっていることからすると、猪名には、息長鳥がよく見られたということが考えられるが、ため息の出るような状況も息長鳥にマッチする。

第7巻1189

大海に あらしな吹きそ しなが鳥 猪名の港に 舟泊つるまで

おほうみに あらしなふきそ しながどり ゐなのみなとに ふねはつるまで

意味:

大海に 嵐よ吹くな カイツブリの 猪名の港に 舟が停泊するまでは

作者:

作者は不明です。タイトルは羇旅(旅)にて作るとなっている。ここでも前の歌と同様に猪名の前にしなが鳥が来ている。「な吹きそ」の「な」は否定の意味で吹くなという意味になる。

カイツブリ

第7巻1738

1   しなが鳥 安房に継ぎたる            しながどり あはにつぎたる
2   梓弓 周淮の珠名は               
あづさゆみ すゑのたまなは
3   胸別けの 広き我妹               
むなわけの ひろきわぎ
4   腰細の すがる娘子の              
こしぼその すがるをとめの
5   その顔の きらきらしきに            
そのなりの きらきらしきに
6   花のごと 笑みて立てれば            
はなのごと ゑみてたてれば
7   玉桙の 道行く人は               
たまほこの みちゆくひとは
8   おのが行く 道は行かずて            
おのがゆく みちはゆかずて
9   呼ばなくに 門に至りぬ             
よばなくに かどにいたりぬ
10  さし並ぶ 隣の君は               
さしならぶ となりのきみは
11  あらかじめ 己妻離れて             
あらかじめ おのづまかれて
12  乞はなくに 鍵さへ奉る             
こはなくに かぎさへまつる
13  人皆の かく惑へれば              
ひとみなの かくまとへれば 
14  たちしなひ 寄りてぞ妹は たはれてありける   
たちしなひ よりてぞいもは たはれてありける

意味:

1   カイツブリのいる 安房国(あわのくに)に続いている周淮郡(すえぐん、上総国)に住んでいた
2   梓弓(都に献上された弓)のようにしなやかな 珠名という女性は
3   乳房の 豊かな娘
4   ウエストの締まった 美しい娘
5   その顔は 光輝いている
6   花のように 笑みを浮かべれば
7   素晴らしい 道を行く人は
8   自分が行くべき 道には行かないで
9   呼ばないのに 珠名の家の門前に来てしまう
10  そこに並んでいる 隣の高貴な男たちは
11  あらかじめ 自分の妻と離婚して
12  頼みもしないのに 鍵さへも彼女に渡す
13  人が皆 このようにこころ惑わすものだから
 
14  物腰をしなやかにして 娘は寄りかかり はしたなく振る舞ってばかりいた

作者:

高橋連虫麻呂(たかはしのむらじむしまろ)、この歌は、1744番の埼玉の小崎沼の歌の作者と同じように高橋虫麻呂歌集から取られたものです。昔の美女の定義と今の美女の定義はあまり変わりはないようです。

第11巻2492

思ひにし あまりにしかば にほ鳥の なづさひ来しを 人見けむかも 

おもひにし あまりにしかば にほどりの なづさひこしを ひとみけむかも

意味:

思い余って 耐え切れず カイツブリが 水に漂うように来てしまったのを 人が見たのでしょうか。

作者:

この歌は、柿本朝臣人麻呂(かきのもとあそんひとまろ)の歌集に出てくる歌で万葉集では「或本の歌に曰(い)はく」というタイトルが付けられて部分に記載されています。

人間の子供のような無邪気な行動をするカイツブリ

上の写真は、2匹で泳いでいたカルガモの間に、無邪気なカイツブリが割り込んで入っていったものです。割り込まれたカルガモはカイツブリの行動をじっと見ています。特に左側のカルガモは、首を反対に向けてカイツブリの行動を見ていますが、警戒している様子はお互いにありません。