第15巻3626

鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る あなたづたづし ひとりさ寝れば

たづがなき あしへをさして とびわたる あなたづたづし ひとりさぬれば


意味: 

鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る ああ心細くて不安である 一人で寝ていると

カルガモの親子

 

第14巻3649

鴨じもの 浮寝をすれば 蜷の腸 か黒き髪に 露ぞ置きにける

 

かもじもの うきねをすれば みなのわた かぐろきかみに つゆぞおきにける

意味:

鴨のように 浮き寝をすれば 焼いた巻貝の腸のような 黒い髪に 水滴がついてしまう

作者:

この歌の作者は不明です。この歌は、船の上で寝る自らの姿に、妻の黒髪を重ねたものです。

 

第16巻3866

沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば 也良の崎守 早く告げこそ

 

おきつとり かもとふふねの かへりこば やらのさきもり はやくつげこそ

意味:

沖にいる鳥 すなわち鴨という名前の船が 帰ってきたら 也良(残の島の北端の岬)の崎守よ 早く伝えてくれ

作者:

山上憶良(やまのうえのおくら) 崎守は防人の語源で、都から遠く離れたところを守っている兵士の意味、ここでは也良岬を守っている兵士の意味になる。これは鴨を直接歌ったものでなく、鴨という名前の船のことを歌っているので、鴨の歌からは外してもよいと思う。

 

第16巻3867

沖つ鳥 鴨とふ船は 也良の崎 廻みて漕ぎ来と 聞こえ来ぬかも

 

おきつとり かもとふふねは やらのさき たみてこぎくと きこえこぬかも

意味:

沖にいる鳥 すなわち鴨という名前の船が 也良(残の島の北端の岬)の崎を 廻って漕いで来たと そんな声が聞こえないでしょうか 

作者:

山上憶良(やまのうえのおくら)この歌は、3866の歌をマイナーチェンジしたもので内容はほどんど同じ。万葉集には良くあることです。 これは鴨を直接歌ったものでなく、鴨という名前の船のことを歌っているので、鴨の歌からは外してもよいと思う。

 

第17章3991

1   もののふの 八十伴の男の       もののふの やそとものをの
2   思ふどち 心遣らむと         
おもふどち こころやらむと
3   馬並めて うちくちぶりの       
うまなめて うちくちぶりの
4   白波の 荒礒に寄する         
しらなみの ありそによする
5   渋谿の 崎た廻り           
しぶたにの さきたもとほり
6   松田江の 長浜過ぎて         
まつだえの ながはますぎて
7   宇奈比川 清き瀬ごとに        
うなひがは きよきせごとに
8   鵜川立ち か行きかく行き       
うかはたち かゆきかくゆき
9   見つれども そこも飽かにと      
みつれども そこもあかにと
10  布勢の海に 舟浮け据ゑて       
ふせのうみに ふねうけすゑて
11  沖辺漕ぎ 辺に漕ぎ見れば       
おきへこぎ へにこぎみれば
12  渚には あぢ群騒き          
なぎさには あぢむらさわき
13  島廻には 木末花咲き         
しまみには こぬれはなさき
14  ここばくも 見のさやけきか      
ここばくも みのさやけきか
15  玉櫛笥 二上山に           
たまくしげ ふたがみやまに
16  延ふ蔦の 行きは別れず        
はふつたの ゆきはわかれず
17  あり通ひ いや年のはに        
ありがよひ いやとしのはに
18  思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと 
おもふどち かくしあそばむ いまもみるごと

意味:
1   武人として 朝廷に仕える多くの男が
2   親しい者同士 気晴らしをしようと
3   馬を並べて 内輪の言葉つきで
4   白波の 荒礒に近づく
5   渋谿(富山県氷見市渋谷)の 岬を廻って
6   松田江(富山県氷見市窪)の 長浜過ぎて
7   宇奈比川(富山県氷見市宇波)の 清き瀬ごとに
8   鵜飼いが立ち あちらこちらをうろうろして
9   見たけれど それも飽きたと
10  布勢の海(氷見市西南部)に 舟を浮べて
11  沖の方に漕ぎ出たり 海辺を漕いただりして見れば
12  渚には トモエガモの群が騒ぎ
13  島の廻には 木々の梢に花が咲き
14  ここでの眺めは こんなにもさわやかであったのか
15  玉櫛笥 二上山に
16  這うツタのように 先は分れることもなく
17  存命のままで行ったり来たりしよう 来る年も来る年も
18  親しい者同士 こうして遊ぼう 今の私たちのように

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)の歌で、「布勢の水海に遊覧する長歌」というタイトルが付けられている。
布勢の海は、3章の第17巻3993でも出てきたが、内陸の水海で大伴宿禰家持の好きな場所である。 15行目の玉櫛笥(たまくしげ)は、櫛を入れる箱のことでふたがついていますが、この「ふた」の音を二上山の「ふた」と音が同じになるので、かけた枕ことばです。訳しようがありませんので、そのままにしています。

 

第17巻3993

   藤波は 咲きて散りにき           ふぢなみは さきてちりにき
2   卯の花は 今ぞ盛りと            
うのはなは いまぞさかりと
3   あしひきの 山にも野にも          
あしひきの やまにものにも
4   霍公鳥 鳴きし響めば            
ほととぎす なきしとよめば
5   うち靡く 心もしのに            
うちなびく こころもしのに
6   そこをしも うら恋しみと          
そこをしも うらごひしみと
7   思ふどち 馬打ち群れて           
おもふどち うまうちむれて
8   携はり 出で立ち見れば           
たづさはり いでたちみれば
9   射水川 港の渚鳥              
いみづがは みなとのすどり
10  朝なぎに 潟にあさりし           
あさなぎに かたにあさりし
11  潮満てば 夫呼び交す            
しほみてば つまよびかはす
12  羨しきに 見つつ過ぎ行き          
ともしきに みつつすぎゆき
13  渋谿の 荒礒の崎に             
しぶたにの ありそのさきに
14  沖つ波 寄せ来る玉藻            
おきつなみ よせくるたまも
15  片縒りに 蘰に作り             
かたよりに かづらにつくり
16  妹がため 手に巻き持ちて          
いもがため てにまきもちて
17  うらぐはし 布勢の水海に          
うらぐはし ふせのみづうみに
18  海人船に ま楫掻い貫き           
あまぶねに まかぢかいぬき
19  白栲の 袖振り返              
しろたへの そでふりかへし
20  あどもひて 我が漕ぎ行けば         
あどもひて わがこぎゆけば
21  乎布の崎 花散りまがひ           
をふのさき はなちりまがひ
22  渚には 葦鴨騒き              
なぎさには あしがもさわき
23  さざれ波 立ちても居ても          
さざれなみ たちてもゐても
24  漕ぎ廻り 見れども飽かず          
こぎめぐり みれどもあかず
25  秋さらば 黄葉の時に            
あきさらば もみちのときに
26  春さらば 花の盛りに            
はるさらば はなのさかりに      
27  かもかくも 君がまにまと          
かもかくも きみがまにまと
28  かくしこそ 見も明らめめ 絶ゆる日あらめや 
かくしてこそ みもあきらめめ たゆるひあらめや

意味:

1      風で波のように揺れる藤の花は 咲いて散ってしまった

2      卯の花は 今が盛りだ 

3      裾野を長く引く 山にも野にも

4      ホトトギスの 鳴く声が響けば

5      草が風になびいて 心もうちひしがれて 

6      そのことが 心恋しいと

7      気の合う友達と 一緒に馬に乗って

8  連れ立って 出かけて見れば

9  射水川の 河口の洲にいる鳥は

10     朝なぎには 干潟で餌を取り 

11     潮が満ちてくると 相手を呼び交わす

12     美しさに心ひかれつつ それを見ながら過ぎて行く

13     渋谿の  荒礒の崎では  

14     沖の波で 寄せて来る美しい海藻 

15     片方の糸だけにひねりをかけて 髪飾りをつくり

16     妻のために 手に巻いて持って 

17     心も神妙になるような 布勢の湖に

18     海人の船に 左右そろった櫂 (かい) をたくさん取り付けて

19     真っ白な 袖を振り返し

20     みんなでかけ声をかけて 漕いで行くと

21     乎布の崎には 花が散り乱れ

22     渚には 葦鴨が騒き  

23     細かく何度も 立ったり座ったりしながら

24   漕ぎ巡り いくら見ても見飽きることもなく

25     秋になれば 紅葉の時に

26     春になれば 花の盛りに

27     どんな時でも 君のお伴として

28     このようにして 景色を見て心を晴らそう この楽しみが絶える日などないでしょう

作者:

大伴宿禰池主(おおとものすくねいけぬし)、奈良時代の歌人、官人、天平10年(738年)従七位下、大伴家持との関係が深かったと思われる。この歌には、敬みて布勢の水海に遊覧する腑に和ふる一首(布勢の湖を遊覧させて頂いたことに応える一首)というタイトルが付いている。布勢の湖とは、富山県氷見市氷見駅の南西4Kmほどのところにあった湖だという。大伴家持は、746年かた751年まで越中の国守として氷見市の隣の高岡市に住んで、布勢水海を愛し友達と舟遊びをしていたという。

 

第17巻4011

   大君の 遠の朝廷ぞ             おおきみの とほのみかどぞ
2   み雪降る 越と名に追へる          
みゆきふる こしとなにおへる
3   天離る 鄙にしあれば            
あまざかる ひなにしあれば
4   山高み 川とほしろし            
やまだかみ かはとほしろし
5   野を広み 草こそ茂き            
のをひろみ くさこそしげき
6   鮎走る 夏の盛りと             
あゆはしる なつのさかりと
7   島つ鳥 鵜養が伴は             
しまつとり うかひがともは
8   行く川の 清き瀬ごとに           
ゆくかはの きよきせごとに
9   篝さし なづさひ上る            
かがりさし なづさひのぼる
10  露霜の 秋に至れば             
つゆしもの あきにいたれば
11  野も多に 鳥すだけりと           
のもさはに とりすだけりと
12  大夫の 友誘ひて              
ますらをの ともいざなひて
13  鷹はしも あまたあれども          
たかはしも あまたあれども
14  矢形尾の 我が大黒に            
やかたをの あがおほぐろに
15  白塗の 鈴取り付けて            
しらぬりの すずとりつけて
16  朝猟に 五百つ鳥立て            
あさがりに いほつとりたて
17  夕猟に 千鳥踏み立て            
ゆふがりに ちとりふみたて
18  追ふ毎に 許すことなく           
おふごとに ゆるすことなく
19  手放れも をちもかやすき          
たばなれも  をちもかやすき
20  これをおきて またはありがたし       
これをおきて またはありがたし
21  さ慣らへる 鷹はなけむと          
さならへる たかはなけむと
22  心には 思ひほこりて            
こころには おもひほこりて
23  笑まひつつ 渡る間に            
ゑまひつつ  わたるあひだに
24  狂れたる 醜つ翁の             
たぶれたる  しこつおきなの
25  言だにも 吾れには告げず          
ことだにも あれにはつげず
26  との曇り 雨の降る日を           
とのくもり あめのふるひを
27  鳥猟すと 名のみを告りて          
とがりすと なのみをのりて
28  三島野を そがひに見つつ          
みしまのを そがひにみつつ
29  二上の 山飛び越えて            
ふたがみの やまとびこえて
30  雲隠り 翔り去にきと            
くもがくり かけりいにきと
31  帰り来て しはぶれ告ぐれ          
かえりきて しはぶるつぐれ
32  招くよしの そこになければ         
をくよしの そこになければ
33  言ふすべの たどきを知らに         
いふすべの たどきをしらに
34  心には 火さへ燃えつつ           
こころには ひさえもえつつ
35  思ひ恋ひ 息づきあまり           
おもひこひ いきづきあまり
36  けだしくも 逢ふことありやと        
けだしくも あふことありやと
37  あしひきの をてもこのもに         
あしひきの をてもこのもに
38  鳥網張り 守部を据ゑて           
となみはり もりへをすゑて
39  ちはやぶる 神の社に            
ちはやぶる かみのやしろに
40  照る鏡 倭文に取り添へ           
てるかがみ しつにとりそへ
41  祈ひ祷みて 我が待つ時に          
こひのみて あがまつときに
42  娘子らが 夢に告ぐらく           
をとめらが いめにつぐらく
43  汝が恋ふる その秀つ鷹は          
ながこふる そのほつたかは
44  麻都太江の 浜行き暮らし          
まつだえの はまゆきくらし
45  つなし捕る 氷見の江過ぎ          
つなしとる ひみのえすぎて
46  多古の島 飛びた廻り            
たこのしま ひみのえすぎて
47  葦鴨の すだく古江に            
あしがもの すだくふるえに
48  一昨日も 昨日もありつ           
をとつひも きのふもありつ
49  近くあらば いま二日だみ          
ちかくあらば いまふつかだみ
50  遠くあらば 七日のをちは          
とおくあらば なぬかのをちは
51  過ぎめやも 来なむ我が背子         
すぎめやも きなむわがせこ
52  ねもころに な恋ひそよとぞ いまに告げつる 
ねもころに なこひそよとぞ いまにつげつる

意味:

1   天皇の お治めになる遠い政庁に

2   美しい雪が降る 越という字が名前についている     

3   空遠く離れた ひなびた土地であるので

4   山は高く 川は雄大だ

5   野は広く 草は生い茂る 

6   鮎が走る 夏の盛りには

7   島の鳥で 鵜飼いをする人は 

8   流れ行く川の 清き瀬ごとに

9   篝火を灯して 水に浮かび漂いながら上って行く

10  露霜の 秋になると

11  野でたくさん 鳥が集まってぎやかに鳴く 

12  官人たちが 友を誘って

13  鷹は たくさんいるけれど

14  矢の形をした尾の 私の大黒に (注釈,大黒は、蒼鷹(羽毛が青色を帯びている鷹)の愛称である。)

15  白塗りの 鈴を取り付けて

16  朝猟に 五百羽もの鳥を追い立て

17  夕猟に 千羽もの鳥を踏み立て

18  追う毎に 取り逃がすことなく

19  手から飛び立って 戻ってくるのも容易な鷹は

20  この大黒をおいて 他にはない

21  それほどの手慣れた 鷹はないと

22  心では 誇りに思い

23  笑みを浮かべつつ 過ごしていたある日

24  狂った おいぼれ老人が

25  一言も 私には告げずに

26  空が一面に曇って 雨の降る日だというのに

27  鳥猟をすると それだけを告げて(大黒を勝手に連れ出してしまった)

28  (大黒が)三島野を 背後に見つつ

29  二上山を 飛び越えて

30  雲に隠れて見えなくなり 空中を飛び去ってしまいましたと

31  帰って来て せき込みながら告げた

32  だが、(大黒を)招き寄せる 手段が分からないので

33  指示する方法の 手立ても分からず  

34  心の中では 火さえ燃えている

35  恋しく思い 息を止めているのに耐えきれず

36  おそらく (大黒に)逢うこともあろうかと

37  すそを長く引く 山のあちこちに

38  鳥網を張って 番人を置いて 

39  霊威が強く効果の大きい 神の社に

40  輝く鏡を 青・赤などの縞を織り出した古代の布に取り添えて

41  願をかけて 私が待っていたところ

42  乙女が 夢に現れて告げる

43  汝が恋いている その素晴らしい鷹は

44  麻都太江(渋谿から氷見にかけての海岸)の 浜へ行って一日中飛んで暮らして 

45  つなし(コノシロ、握り寿司のこはだ)を捕った 氷見の江を過ぎて

46  多古の島(布勢の海の東南部にあった島)を 飛び回り

47  葦鴨の 群がり集まる古江に

48  一昨日も 昨日もいました

49  早ければ いま二日ほど

50  遅ければ 七日以上

51  過ぎることはないでしょう きっと帰って来ますよあなた    

52  そんなに心を込めて 恋いさないでと 現実のように告げました

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、逃げた鷹を思いて夢見、喜びて作る歌というタイトルがついている。この歌の後ろには、この歌の本当の状況が説明されている。それによると概略は次の通りです。射水郡の古江村にして蒼鷹を取獲った。姿は美麗しく、雉を鷙ることに秀れている。ここに養吏の山田史君麻呂(やまだのふひときみまろ)は調教時期を誤ると鷹は空高く飛んでしまい回収することができなくなった。そこで網を張って回収することを考え神に願をかけた。すると娘子が現「鷹が回収できるのはそれほど時間がかかりません」と告げた。そこで恨みを忘れて歌を作って待つことにした。というものですが、回収できたかどうかは分かりません。

ヒドリガモ

 

第20巻4360

1   皇祖の 遠き御代にも               すめろきの とほきみよにも
2   押し照る 難波の国に               
おしてる なにはのくにに
3   天の下 知らしめしきと              
あめのした しらしめしきと
4   今の緒に 絶えず言ひつつ             
いまのをに たえずいひつつ
5   かけまくも あやに畏し              
かけまくも あやにかしこし
6   神ながら 我ご大君の               
かむながら わごおほきみの
7   うち靡く 春の初めは               
うちなびく はるのはじめは
8   八千種に 花咲きにほひ              
やちくさに はなさきにほひ
9   山見れば 見の羨しく               
やまみれば みのともしく
10  川見れば 見のさやけく              
かはみれば みのさやけく
11  ものごとに 栄ゆる時と              
ものごとに さかゆるときと 
12  見したまひ 明らめたまひ             
めしたまひ  あきらめたまひ
13  敷きませる 難波の宮は              
しきませる なにはのみやは
14  きこし食す 四方の国より             
きこしをす よものくにより
15  奉る 御調の船は                 
たてまつる みつきのふねは
16  堀江より 水脈引きしつつ             
ほりえより みをびきしつつ
17  朝なぎに 楫引き上り               
あさなぎに かぢひきのぼり
18  夕潮に 棹さし下り                
ゆふしほに さをさしくだり
19  あぢ群の 騒き競ひて               
あぢむらの さわききほひて
20  浜に出でて 海原見れば              
はまにいでて うなはらみれば
21  白波の 八重をるが上に              
しらなみの やへをるがうへに
22  海人小船 はららに浮きて             
あまをぶね はららにうきて
23  大御食に 仕へまつると              
おほみけに つかへまつると
24  をちこちに 漁り釣りけり             
をちこちに いざりつりけり
25  そきだくも おぎろなきかも            
そきだくも おぎろなきかも
26  こきばくも ゆたけきかも             
こきばくも ゆたけきかも
27  ここ見れば うべし神代ゆ 始めけらしも      
ここみれば うべしかむよゆ はじめけらしも

意味:

1   天皇の先祖の 遠い太平の世にも
2   一面に照り光る 難波の国で
3   この世の中を お治めになり
4   今の物事の始まりを 言い伝える
5   言葉に出して言うことも たいへん恐れ多いです
6   神であられる 吾が天皇
7   草木がなびく 春の初めは
8   たくさんの種類の 花が咲き匂い
9   山見れば 景色に心ひかれる
10  川見れば 景色は清らか
11  もろもろの物や事柄の 栄える時を
12  ご覧になり 物事の理由を明らかになさる

13  一面に広がる 難波の宮を
14  お治めになる 各方面の国より
15  朝廷に献上する 品々(税)の船は
16  人工の水路を 航路指示標(澪)に従って進む

17  朝なぎには 楫を引き上げ

18  夕方の満潮には 楫をさし下す

19  トモエガモの群れが 騒ぎ競う

20  浜に出て 海原を見れば

21  白波が 幾重にも寄せては返すその上に

22  あまの小舟が ばらばらに浮かぶ

23  天皇の食事に 奉仕するために

24  あちらこちらで 漁や釣りをする
25  非常に 豊かなことだ

27  このことを見れば なるほど神代から 天皇の世が始まったというのも確からしい

作者:

兵部少輔大伴宿禰家持(ひょうぶしょうゆうおおとものすくねやかもち)ここでの家持には、兵部少輔という役職名が付いている。兵部少輔は、今でいう防衛省のように国防を司る組織の兵部省の順位で3番目程度の役職である。兵部省は当時、防人が所属していた。この歌には、「私(ひそ)かなる拙懐(せつくわい)を陳(の)ぶる」というタイトルが付いている。ここで拙懐の意味は「つたない私の思い」ですので、全体の意味は「密かなるつたないおろかな私の思いを述べる」となる。よって、防人の苦しい事情を考えれば、天皇や国をこのように褒めたたえるのはおろかなことだが、私の兵部少輔という立場からすると、どうしようもないことだと苦しい胸の内をタイトルに込めて述べているのだ。この歌の少し前の4331-4336では防人の気持ちを歌にしている。

 

第20巻4494

水鳥の 鴨の羽の色の 青馬を 今日見る人は 限りなしといふ

みづとりの  かものはのいろの あをうまを けふみるひとは かぎりなしといふ

意味: 

水鳥の 鴨の羽の色の 青い馬を 今日見る人の寿命は 限りないと言われます

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は、宮中の年中行事で陰暦正月7日に官馬を紫宸殿の庭に引き出し天覧の後、宴会を行う時に発表するために大伴家持が事前に作ったものですが、別件で6日に宴会のみ行われてしまったので、この歌は発表できなかった。というものです。鴨の羽の青とは、カルガモの羽の青で下の写真の色と思われるが、いつもは羽の下に入っているので見にくいので、これを見た人の寿命は長いと歌っています。

 

青馬色のカルガモの羽