第11巻2806
我妹子に 恋ふれにかあらむ 沖に棲む 鴨の浮寝の 安けくもなし
わぎもこに こふれにかあらむ おきにすむ かものうきねの やすけくもなし
意味:
あの娘を 恋しているからだろうか 沖に住む 鴨が水に浮いて寝ているようで 心安らかでないのは
作者:
この歌の作者は不明です。ある本の歌に曰くというタイトルの部分に記載されています。我妹子は妻にも恋人にも使われます。
第11巻2833
葦鴨の すだく池水 溢るとも まけ溝の辺に 我れ越えめやも
あしがもの すだくいけみづ はふるとも まけみぞのへに われこえめやも
意味:
葦の中にいる鴨が 騒いで水が 溢れても 溢れ水を吐かすための溝の近くに 私は行きません
作者:
この歌の作者は不明です。誓喩(ひゆ、他の例を引いて誓をさとらせる)という部分で、「水に寄せて思いを喩う」説明がついています。テクニックに走っていて純粋でないのかもしれません。
カルガモ
第12巻3090
葦辺行く 鴨の羽音の 音のみに 聞きつつもとな 恋ひわたるかも
あしへゆく かものはおとの おとのみに ききつつもとな こひわたるかも
意味:
葦辺を飛ぶ 鴨の羽音の 音のみ聞くように あなたのうわさをしきりに聞いて 長い間恋い続けるのでしょうか
作者:
この歌の作者は不明です。平安時代は夫婦が同居せず、男が女のもとに通う通い婚が一般的であったので、このような歌が時々あります。一夫多妻制が当たり前だったので、正妻以外ではこのような状態が続くわけです。正妻以外でも出来た子供が大切で、この子供が父親の手蔓で出世したり、明家に嫁ぐことで実家の価値を上げることに貢献することなど励みにしていました。
飛び立つ鴨
第12巻3091
鴨すらも おのが妻どち あさりして 後るる間に 恋ふといふものを
かもすらも おのがつまどち あさりして おくるるあひだに こふといふものを
意味:
鴨ですらも 自分の妻と一緒に 餌を漁っていて 遅れてしまった間に 恋しがるというものを
作者:
この歌の作者は不明です。
マガモ
第14巻3524
まを薦の 節の間近くて 逢はなへば 沖つま鴨の 嘆きぞ我がする
まをごもの ふのまちかくて あはなへば おきつまかもの なげきぞあがする
意味:
麻で作ったこものように ほんの少しの間近くにいても 逢えなければ 沖にいる鴨の 嘆きが私にはわかります
作者:
この歌の作者は不明です。この歌で「まをごもの」の「こも」とは麻を布状に編んだもので、冬が来る前に樹木の地上から1-2メートルの部分に巻き付けて寒さで地上に降りようとする虫の冬の間の住みかとし、春になる前に焼いて虫の害を防ぐためにものです。現在でも公園の松などにわらで作ったこもを巻いています。このこもで上下に分かれることを歌っています。
第14巻3525
水久君野に 鴨の這ほのす 子ろが上に 言緒ろ延へて いまだ寝なふも
みくくのに かものはほのす ころがうへに ことをろはへて いまだねなふも
意味:
水久君野に 鴨が這うように(心を寄せる) あの子に ひそかに言葉を通わせただけで いまだ寝ていない
作者:
この歌の作者は不明です。この歌は東歌で東国のなまりが入っています。
ハシビロガモの雌
ハシビロガモの雄
第14巻3527
沖に住も 小鴨のもころ 八尺鳥 息づく妹を 置きて来のかも
おきにすも をかものもころ やさかどり いきづくいもを おきてきのかも
意味:
沖に住む コガモとよく似た 八尺鳥のように息の長い 溜息をつく妻を 置いて来てしまった
作者:
この歌の作者は不明です。八尺鳥がどんな鳥か不明ですが、カイツブリの異名という説がある。確かに「沖に住むコガモとよく似たていて息が長い鳥」というと、これはカイツブリの特徴を良く表している。下の写真のようにカイツブリは池の中心部でよく見かけ、長時間水に潜ります。
池の中心で良く見かける息の長いカイツブリ
第14巻3547
あぢの棲む 須沙の入江の 隠り沼の あな息づかし 見ず久にして
あぢのすむ すさのいりえの こもりぬの あないきづかし みずひさにして
意味:
トモエガモの住む 須佐の入り江の 隠れた沼のように ああ溜息が出そうだ あなたに久しく逢えないので
作者:
この歌の作者は不明です。この歌における須沙は第11巻2751と同じ南知多町豊浜の古称と思われる。隠り沼とあなたがかかっている。
第14巻3570
葦の葉に 夕霧立ちて 鴨が音の 寒き夕し 汝をば偲はむ
あしのはに ゆふぎりたちて かもがねの さむきゆふへし なをばしのはむ
意味:
葦の葉に 夕霧が立って 鴨の声がする 寒い夕方 お前のことが忍ばれる
作者:
この歌の作者は不明です。この歌は、防人の歌というタイトルの部分に記載されている。葦は、難波風物なので、難波で妻を思う心情を歌ったものです。
第15巻3625
1 夕されば 葦辺に騒き ゆふされば あしへにさわき
2 明け来れば 沖になづさふ あけくれば おきになづさふ
3 鴨すらも 妻とたぐひて かもすらも つまとたぐひて
4 我が尾には 霜な降りそと わがをには しもなふりそと
5 白栲の 羽さし交へて しろたへの はねさしかへて
6 うち掃ひ さ寝とふものを うちはらひ さぬとふものを
7 行く水の 帰らぬごとく ゆくみづの かへらぬごとく
8 吹く風の 見えぬがごとく ふくかぜの みえぬがごとく
9 跡もなき 世の人にして あともなき よのひとにして
10 別れにし 妹が着せてし わかれにし いもがきせてし
11 なれ衣 袖片敷きて ひとりかも寝む なれごろも そでかたしきて ひとりかもねむ
意味:
1 夕方になると 葦辺で鳴き騒ぎ
2 夜が明けて来れば 沖で水に浮かび漂っている
3 鴨でさえも 妻と一緒になって
4 私の尾には 霜よ降るなと
5 白い布のような 羽をさしのべて交差させて
6 霜を掃い落とし合い 共寝するというものを
7 流れ行く水の 帰らないように
8 吹く風の 見えないように
9 跡もない 世の人にして
10 死んで行くときに 恋人が着せてくれた
11 着なれた衣を 袖の片方は床に敷いて 一人でこのように寝るのか
作者:
丹比 大夫(たじひのまへつきみ)が亡き妻を悽愴(かな)しぶる歌というタイトルで歌った長歌です。この歌には反歌があり、前の章の鶴の歌の部分で第15巻3626として取り上げたものである。