第11巻2490

天雲に 翼打ちつけて 飛ぶ鶴の たづたづしかも 君しまさねば


あまくもに はねうちつけて とぶたづの たづたづしかも きみしまさねば


意味:

天の雲に 羽を打ち付けて 飛ぶ鶴のように 不安です あなたがいらっしゃいませんので


作者:

この歌は、柿本朝臣人麻呂(かきのもとあそんひとまろ)の歌集に出てくる歌で万葉集では「或本の歌に曰(い)はく」というタイトルが付けられて部分に記載されています。


第11巻2768

鶴の 騒く入江の 白菅の 知らせむためと 言痛かるかも

あしたづの さわくいりえの しらすげの しらせむためと こちたかるかも
意味: 
葦の中で鶴が 騒ぐ、入り江の シラスゲ(植物、雑草)で 知らせるために 騒いでいるのだろう
作者:
作者は不明です。この歌は「寄物陳思」という分類の中に記載されている。寄物陳思とは、「物に託して思いを表現る」に分類されている歌という意味です。この歌で上3句は、4句目の「知らせるために」を起こすためのもので、「シラスゲ」と「知らせむ」の同音のリズムを使っている。鶴の騒ぎに託した思いは、作者のどんな思いだったでしょうか。

第11巻2805

伊勢の海ゆ 鳴き来る鶴の 音どろも 君が聞こさば 我れ恋ひめやも


いせのうみゆ なきくるたづの おとどろも きみがきこさば あれこひめやも


意味: 

伊勢の海から 鳴きながら来る鶴のように 大きく悪い音に あなたの声が聞こえたら 私はあなたを恋するでしょうか。
作者:

この歌は「寄物陳思」という分類の中に記載されている。寄物陳思とは、「物に託して思いを表現する」に分類されている歌という意味です。また、作者は不詳で、「或る本の歌に曰く」と記載されているので、別の本から写したものと思われます。また、「音どろ」の意味は不明です。


第14巻3522

昨夜こそば 子ろとさ寝しか 雲の上ゆ 鳴き行く鶴の 間遠く思ほゆ


きぞこそば ころとさねしか くものうへゆ なきゆくたづの まとほくおもほゆ
意味:

昨夜こそは あの娘と寝たのだが 雲の上を 鳴きながら行く鶴のようで 身近に感じなかったよ
作者:

第14巻の総タイトル「東歌」になっているので、東国の歌が記載されている。作者については不詳で、「或る本の歌に曰く」と記載されているので、別の本から写したものと思われる。

第14巻3523

坂越えて 安倍の田の面に 居る鶴の ともしき君は 明日さへもがも

さかこえて あへのたのもに ゐるたづの ともしききみは あすさへもがも


意味:

坂を越えて 安倍の田の面に いる鶴のように 心引かれる君に 明日も寄り添っていたい
作者:

第14巻の総タイトルは「東歌」で、東国の歌が記載されている。作者は不詳で、「或る本の歌に曰く」と記載されているので、別の本から写したものと思われる。


第14巻3595

朝開き 漕ぎ出て来れば 武庫の浦の 潮干の潟に 鶴が声すも

あさびらき こぎでてくれば むこのうらの しほひのかたに たづがこゑすも

意味:

朝の船出 漕ぎ出して来れば 武庫の浦(兵庫県武庫川町)の 干潮の潟に 鶴の声がする
作者:

第14巻の最初の24首は、海路を新羅に遣わさるために舟に乗った使人の歌が続く。兵庫県武庫川町は、難波津を出発した使人たちの最初の宿泊地らしい。船から降りて陸地に宿泊する。この歌は翌日の出発時の歌でしょう。作者は不詳。

第14巻3598

ぬばたまの 夜は明けぬらし 玉の浦に あさりする鶴 鳴き渡るなり


ぬばたまの よはあけぬらし たまのうらに あさりするたづ なきわたるなり

意味:

ぬばたまの実のように黒い 夜は明けるらしい 玉の浦(岡山県倉敷市玉島あたりか)で 餌をあさっていた鶴が鳴きながら飛び渡って行く
作者:

第14巻の最初の24首は、海路を新羅に遣わさるために舟に乗った使人の歌が続く。この歌は倉敷のあたりで朝早く船で出発してから夜が明けて鶴が飛んで行くのが見えたということでしょう。作者不詳。3595の歌と類似の情景です。

第15巻3626

鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る あなたづたづし ひとりさ寝れば 

たづがなき あしへをさして とびわたる あなたづたづし ひとりさぬれば

意味:

鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る ああ心細くて不安である 一人で寝ていると
作者:

丹比大夫(たぢひのまえつきみ)が亡き妻を悲しんで歌った歌である。この歌は反歌でこの前には妻を偲んで歌った長歌がある。


第15巻3627

1    朝されば 妹が手にまく          あさされば いもがてにまく
2    鏡なす 御津の浜びに           
かがみなす みつのはまびに
3    大船に 真楫しじ貫き           
おほぶねに まかぢしじぬき
4    韓国に 渡り行かむと           
からくにに わたりゆかむと
5    直向ふ 敏馬をさして           
ただむかふ みぬめをさして
6    潮待ちて 水脈引き行けば         
しほまちて みをひきゆけば
7    沖辺には 白波高み            
おきへには しらなみたかみ
8    浦廻より 漕ぎて渡れば          
うらみより こぎてわたれば
9    我妹子に 淡路の島は           
わぎもこに あはぢのしま
10   夕されば 雲居隠りぬ           
ゆふされば くもゐかくりぬ
11   さ夜更けて ゆくへを知らに        
さよふけて ゆくえをしらに
12   我が心 明石の浦に            
あがこころ あかしのうらに
13   船泊めて 浮寝をしつつ          
ふねとめて うきねをしつつ
14   わたつみの 沖辺を見れば         
わたつみの おきへをみれば
15   漁りする 海人の娘子は          
いざりする あまのをとめは
16   小舟乗り つららに浮けり         
をぶねのり つららにうけり
17   暁の 潮満ち来れば            
あかときの しほみちくれば
18   葦辺には 鶴鳴き渡る           
あしべには たづなきわたる
19   朝なぎに 船出をせむと          
あさなぎに ふなでをせむと
20   船人も 水手も声呼び           
ふなびとも かこもこゑよび
21   にほ鳥の なづさひ行けば         
にほどりの なづさひゆけば
22   家島は 雲居に見えぬ           
いへしまは くもゐにみえぬ
23   我が思へる 心なぐやと          
あがもへる こころなぐやと
24   早く来て 見むと思ひて          
はやくきて みむとおもひて
25   大船を 漕ぎ我が行けば          
おほぶねを こぎわがゆけば
26   沖つ波 高く立ち来ぬ           
おきつなみ たかくたちきぬ
27   外のみに 見つつ過ぎ行き         
よそのみに みつつすぎゆき
28   玉の浦に 船を留めて           
たまのうらに ふねをとどめて
29   浜びより 浦礒を見つつ          
はまびより うらいそをみつつ
30   泣く子なす 音のみし泣かゆ        
なくこなす ねのみしなかゆ
31   わたつみの 手巻の玉を          
わたつみの たまきのたまを
32   家づとに 妹に遣らむと          
いへづとに いもにやらむと
33   拾ひ取り 袖には入れて          
ひりひとり そでにはいれて
34   帰し遣る 使なければ           
かへしやる つかひなければ
35   持てれども 験をなみと また置きつるかも 
もてれども しるしをなみと またおきつるかも

意味:

1    朝が来れば 妻が手にもつ
2    鏡の面ような 御津の浜辺で
3    大きな船に 左右そろった櫂(かい)をたくさん取り付けて
4    韓国に 渡り行こうと
5    御津から真向いの 敏馬を目指して
6    航海に都合の良い潮の流れを待って 海流にそって行くと
7    沖合は 白波が高く
8    岸辺伝いに 漕いで渡って行くと
9    そこで出逢った 淡路の島は
10   夕方になると 雲がかかって視界が悪く
11   夜が更けると 進んで行く先も分からなくなる
12   我が心 明石の浦に
13   船を止めて 船の上で浮寝をしながら
14   海神の 沖のあたりを見れば
15   魚介類を取る 海女の娘は
16   小舟に乗って ずらり並んで浮いている
17   明け方の 潮が満ちてくれば
18   葦辺には 鶴が鳴き渡る
19   朝なぎに 船出をしようと
20   船人も 船頭も大声を出して
21   カイツブリのように 水に浮いてただよって行くと
22   家島(姫路沖の家島群島)は 雲の彼方に見えてきた
23   私の思いも 心慰められようと
24   早く来て 見ようと思って
25   大船を 漕いで私が行けば
26   沖の波が 高く立ってこちらに来たので
27   家島の外のみ 見ながら過ぎて行き
28   玉の浦(家島のか)に 船を止めて
29   浜辺より 入り江の磯を見ながら
30   泣く子供のように 声を上げて泣いてしまう
31   海神の 手に巻き付ける飾りの玉を
32   お土産に 妻に渡すために
33   拾って 袖に入れたが
34   家に送り返すにも 使者がいないので
35   持っていても しかたがないと また、置いてしまった

作者:

この歌も作者不詳であるが、「物に付きて思いを起こす歌」というタイトルが書かれている。歌の状況や言葉は、509や1453と類似している

この歌には、21行目にほ鳥というもう一つの鳥が出てきます。忍川にもこの鳥はいて、現在はカイツブリと呼ばれます。人間が近づくと慌てて水に潜ってしまい暫く出てきません。近くに人間がいない場合は、水に浮いていて鴨の仲間のように見えますが、万葉集でも別の鳥に分類されています。
 


第15巻3642

沖辺より 潮満ち来らし 可良の浦に あさりする鶴 鳴きて騒きぬ


おきへより しほみちくらし からのうらに あさりするたづ なきてさわきぬ


意味:

沖の方より 潮が満ちて来るらしい なぜなら、可良の浦(山口県熊毛郡上関町の近くの海岸)に 餌を取り漁る鶴が 鳴いて騒ぐので分かる
作者:

作者は不詳ですが、「熊毛の浦に船泊する夜に作る歌」というタイトルが付けられています。第15巻には天平8年(736年)6月に新羅に遣わされた使人たちの歌が145首ありますが、その中の1首です。