第1巻67
旅にして もの恋ほしきに 鶴が音も 聞こえずありせば 恋ひて死なまし
たびにして ものこほしきに つるがねも きこえずありせば こひてしなまし
意味:
旅に出てそれだけでも もの恋しいのに 鶴の声も 聞こえないのでは 妹(妻)恋しさに死んでしまう
作者:
置始東人(おきそめのあずまひと)文武朝の宮廷歌人、万葉集の1,2巻に歌がある。
第1巻71
大和恋ひ 寐の寝らえぬに 心なく この洲崎廻に 鶴鳴くべしや
やまとこひ いのねらえぬに こころなく このすさきみに たづなくべしや
意味:
大和が恋しくて 寐ても寝られぬのに 無常にも この須崎の廻りで 鶴が鳴くべきなのか
作者:
大行天皇(だいこうてんのう、崩御された天皇におくり名が付くまでの名前、ここでは文武天皇)が難波の宮に行幸したときの歌
第3巻271
桜田へ 鶴鳴き渡る 年魚市潟 潮干にけらし 鶴鳴き渡る
さくらだへ たづなきわたる あゆちがた しほひにけらし たづなきわたる
意味:
桜田へ 鶴が鳴きながら渡って行く 年魚市潟(あゆちがた)は 干潮になったようだ 鶴が鳴きながら渡って行く
作者:
高市連黒人(たけちのむらじくろひと、持統・文武両朝の下級官人)が旅情を歌ったもの、桜田と年魚市潟は、現在の名古屋市南区(海岸近く)近辺にある。
第3巻273
磯の崎 漕ぎ廻み行けば 近江の海 八十の港に 鶴さはに鳴く
いそのさき こぎたみゆけば あふみのうみ やそのみなとに たづさはになく
意味:
岩石の多い岬を 漕いで廻って行くと、琵琶湖の いろいろな港に 鶴がたくさん鳴いている
(鶴は原文では鵠になっているので、鶴でなく白鳥(ハクチョウ)の可能性もある。)
作者:
高市連黒人の歌で、271と同様に旅情を歌んだもの
この短歌における「鶴さはに鳴く」の鶴は原文では「鵠佐波二鳴」となっていて「鵠、クグイ」が使われているので鶴のことでなく、「クグイ」のことである。クグイとは白鳥の古名であるのでこの歌は白鳥(コハクチョウ、またはオオハクチョウ)の歌と思われる。万葉集では、「鵠」を「鶴」と翻訳することが多いが「鵠」は「白鳥」として訳して欲しいものである。なぜなら「鶴」は白い羽と黒い羽を持つのが一般的であるが、「白鳥」は白い羽のみなので、「鶴」の仲間には入れてほしくない。ただ、そのようにして「鶴」に「白鳥、ハクチョウ」は含まれないと考えると万葉集では「白鳥」の歌はこれ1首となる。なぜなら、万葉集で白鳥の歌は1章で説明した588と1687があるが、これはダイサギであると説明したようにこれ以外に白鳥の歌はないのである。よって白鳥の歌は万葉集では1首のみと考えるのも無理がありそうなので「白鳥、ハクチョウ」は「鶴」の中に含まれると考えることが自然かもしれない。
第3巻324
1 みもろの 神なび山に みもろの かむなびやまに
2 五百枝さし 繁に生ひたる いほえさし しじにおひたる
3 栂の木の いや継ぎ継ぎに つがのきの いやつぎつぎに
4 玉葛 絶ゆることなく たまかづら たゆることなく
5 ありつつも やまず通はむ ありつつも やまずかよはむ
6 明日香の 古き都は あすかの ふるきみやこは
7 山高み 川とほしろし やまたかみ かはとほしろし
8 春の日は 山し見がほし はるのひは やましみがほし
9 秋の夜は 川しさやけし あきのよは かはしさやけし
10 朝雲に 鶴は乱れ あさくもに たづはみだれ
11 夕霧に かはづは騒く ゆふぎりに かはづはさわく
12 見るごとに 音のみし泣かゆ いにしへ思へば みるごとに ねのみしなかゆ いにしへおもへば
意味:
1 神の降臨する場所 神奈備山に
2 たくさんの枝を出して 生い茂っている
3 栂(ツガ)の木は 実にすばらしく次々に
4 玉葛(つるくさ)は 絶えることなく
5 ここに居続けて 絶えることなく通う
6 明日香の 古き都は
7 山が高くて 川は明るくてすがすがしい
8 春の日には 山を見ていたい
9 秋の夜には 川がさわやかだ
10 朝の雲には 鶴が乱れ舞い
12 このような光景を見る度に 声をあげて泣きたくなる 昔を思えば
作者:
山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひと)が明日香の橘寺の東北にあるミハ山(神岳)に上って作った歌
万葉集の長歌は短歌と比較すると、句の数が多いだけ作者の気持ちをはっきりと表現できて、歌の持つ情感が良く伝わります。
第3巻352
葦辺には 鶴がね鳴きて 港風 寒く吹くらむ 津乎の崎はも
あしへには たづがねなきて みなとかぜ さむくふくらむ つをのさきはも
意味:
葦辺では 鶴が鳴いて 港では風が 寒く吹いているだろう 津乎の崎よ
作者:
若湯座王(わかゑのおおきみ、不詳、この歌以外なし) 津乎の崎は琵琶湖の北部、湖北町
第3巻389
島伝ひ 敏馬の崎を 漕ぎ廻れば 大和恋しく 鶴さはに鳴く
しまつたひ みぬめのさきを こぎみれば やまとこほしく たづさはになく
意味:
島伝いに 敏馬の埼(神戸市灘区西郷川河口付近)を 漕ぎ廻っていると 大和が恋しく 鶴がたくさん鳴いているよ
作者:
若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ、不詳)羇旅(きりょ、旅)の歌という分類中の長歌の反歌として歌われたもの
第3巻456
君に恋ひ いたもすべなみ 葦鶴の 哭のみし泣かゆ 朝夕にして
きみにこひ いたもすべなみ あしたづの ねのみしなかゆ あさよひにして
意味:
君が恋しく どうしょうもなくないので 葦辺の鶴のように 出てくる声は泣くばかりだ 朝も夕も
作者:
資人余明軍(百済系王族の下級官人)が731年7月25日に大納言大伴旅人卿が亡くなったときに犬馬が主人を慕うような気持で作成した歌
第4巻509
1 臣の女の 櫛笥に乗れる おみのめの くしげにのれる
2 鏡なす 御津の浜辺に かがみなす みつのはまべに
3 さ丹つらふ 紐解き放けず さにつらふ ひもときさけず
4 我妹子に 恋ひつつ居れば わぎもこに こひつつをれば
5 明け暮れの 朝霧隠り あけくれの あさぎりごもり
6 鳴く鶴の 音のみし泣かゆ なくたづの ねのみしなかゆ
7 我が恋ふる 千重の一重も あがこふる ちへのひとへも
8 慰もる 心もありやと なぐさもる こころもありやと
9 家のあたり 我が立ち見れば いへのあたり わがたちみれば
10 青旗の 葛城山に あをはたの かづらきやまに
11 たなびける 白雲隠る たなびける しらくもがくる
12 天さがる 鄙の国辺に あまさがる ひなのくにべに
13 直向ふ 淡路を過ぎ ただむかふ あはぢをすぎ
14 粟島を そがひに見つつ あはしまを そがひにみつつ
15 朝なぎに 水手の声呼び あさなぎに かこのこゑよび
16 夕なぎに 楫の音しつつ ゆふなぎに かぢのおとしつつ
17 波の上を い行きさぐくみ なみのうへを いゆきさぐくみ
18 岩の間を い行き廻り いはのまを いゆきもとほり
19 稲日都麻 浦廻を過ぎて いなびつま うらみをすぎて
20 鳥じもの なづさひ行けば とりじもの なづさひゆけば
21 家の島 荒磯の上に いへのしま ありそのうへに
22 うち靡き 繁に生ひたる うちなびき しじにおひたる
23 なのりそが などかも妹に 告らず来にけむ なのりそが などかもいもに のらずきにけむ
意味:
1 宮廷の女官の 櫛箱に乗っている
2 鏡のように美しい 御津の浜辺に
3 すばらしい色(赤)の ひもも解けない
4 恋人を 恋しく思っていると
5 夜明けの薄明りの 朝霧の中で
6 鳴く鶴のように 私はただただ声に出して泣いてしまいます
7 私が恋している 千重の一重でも
8 慰める 心もあるかと
9 ふるさとの方向を 私は立って見渡すが
10 青々と木の茂った 葛城山(奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村との境)には
11 たなびく 白雲がかかっている
12 天遠く都を離れている いなかの国辺に
13 直に向かう 淡路島を過ぎて
14 阿波を 後ろの方向に見ながら
15 朝なぎに 水夫の叫び声が聞こえ
16 夕なぎに 船の水をかく音が聞こえる
17 波の上を ぬって進み行き
18 岩の間を 廻って進み行く
19 稲日都麻(場所不明)の 浦を廻って過ぎて
20 鳥のように 水にもまれて行くと
21 家の島(新居浜沖合の島)が 荒磯の上に
22 横にゆらめくように こんもりと生い茂る
23 海藻(なのりそ、ホンダワラ)が どうして恋人に はっきり言わずに来てしまったのだろう
作者:
丹比真人笠麻呂(たぢひのかさまろ)が筑紫(福岡県)に下るときに作った歌
第4巻575
草香江の 入江にあさる 葦鶴の あなたづたづし 友なしにして
くさかえの いりえにあさる あしたづの あなたづたづし ともなしにして
意味:
草香江(福岡市中央区)の 入江で餌を取る 葦の中の鶴のように ああ心もとない 友がないのは
作者:
大宰府の長官だった大納言大伴旅人(おおとも の たびと)が京に上った後に、沙弥満誓(さみまんぜい)が送った歌に答えた歌
この短歌で「あさる」とは「漁る」のことで餌を探し求めることを言います。なんとなく騒騒しい動作を想像しますが、鳥が餌をあさる動作は、非常に真剣なものです。次はアオサギが静止状態で餌を狙っている状態と餌を取った後の写真です。
餌を獲得したアオサギ