第17巻3946

霍公鳥 鳴きて過ぎにし 岡びから 秋風吹きぬ よしもあらなくに 

 

ほととぎす なきてすぎにし をかびから あきかぜふきぬ よしもあらなくに

意味:

ホトトギスが 鳴いて過ぎ去った 岡の辺りから 秋風が吹き 妻の着物を重ね着する手立があるわけではないのに 

作者: 大伴宿禰池主(おおとものすくねいけぬし)この歌の最後の「よしもあらなくに」はこの前の歌3945で次のような歌の内容が

かかっている。

 

3945 秋の夜は 暁寒し 白栲の 妹が衣手 着むよしもがも

秋の夜は 明け方が寒いので 白い布の 妻の着物を 着る手段があったらいのに

 

第17巻3978

   妹も我れも 心は同じ             いももあれも こころはおやじ

   たぐへれど いやなつかしく          たぐへれど いやなつかしく   

   相見れば 常初花に              あひみれば とこはつはなに

   心ぐし めぐしもなしに            こころぐし めぐしもなしに 

   はしけやし 我が奥妻             はしけやし あがおくづま

   大君の 命畏み                おほきみの みことかしこみ

   あしひきの 山越え野行き           あしひきの やまこえぬゆき

   天離る 鄙治めにと              あまざかる ひなをさめにと

   別れ来し その日の極み            わかれこし そのひのきはみ  

10  あらたまの 年行き返り            あらたまの としゆきがへり 

11  春花の うつろふまでに            はるはなの うつろふまでに

12  相見ねば いたもすべなみ           あひみねば いたもすべなみ

13  敷栲の 袖返しつつ              しきたへの そでかへしつつ

14  寝る夜おちず 夢には見れど          ぬるよおちず いめにはみれど   

15  うつつにし 直にあらねば           うつつにし ただにあらねば

16  恋しけく 千重に積もりぬ           こひしけく ちへにつもりぬ

17  近くあらば 帰りにだにも           ちかくあらば かへりにだにも

18  うち行きて 妹が手枕             うちゆきて いもがたまくら

19  さし交へて 寝ても来ましを          さしかへて ねてもこましを

20  玉桙の 道はし遠く              たまほこの みちはしとほく

21  関さへに へなりてあれこそ          せきさへに へなりてあれこそ   

22  よしゑやし よしはあらむぞ          よしゑやし よしはあらむぞ

23  霍公鳥 来鳴かむ月に             ほととぎす きなかむつきに

24  いつしかも 早くなりなむ           いつしかも はやくなりなむ

25  卯の花の にほへる山を            うのはなの にほへるやまを

26  よそのみも 振り放け見つつ          よそのみも ふりさけみつつ

27  近江道に い行き乗り立ち           あふみぢに いゆきのりたち

28  あをによし 奈良の我家に           あをによし ならのわぎへに

29  ぬえ鳥の うら泣けしつつ           ぬえどりの うらなけしつつ

30  下恋に 思ひうらぶれ             したごひに おもひうらぶれ

31  門に立ち 夕占問ひつつ            かどにたち ゆふけとひつつ

32  我を待つと 寝すらむ妹を 逢ひてはや見む   わをまつと なすらむいもを あひてはやみむ

意味:

   妻も私も 心は同じ

   寄り添っていても やあ、心が引かれ

   顔を見合わせれば いつも初めて咲いた花のように美しく

   せつない苦しさ いたわしさもなしに

   ああ、いとおしい 我が心から愛する妻

   天皇の 仰せを敬って慎み

   麓を長く引く 山越え野を行き

   天遠く離れている 地方を治めるために

   別れて来る その日が極まるとき

10  めでたく 新年を迎えて

11  春の花の 光や影が映るまでに

12  顔を見合わせないので 全く方法がない

13  寝所に敷く布の 袖を返しつつ

14  毎夜いつも 夢には見るけれど

15  現実として 直接でなければ

16  恋しいこと 千重に積もる

17  近くにいるのであれば 帰りにだけでも

18  ちょっと行きて 妻と手枕で

19  寄り添って 寝ても来るものを

20  行く手の 道は遠く

21  関所までは 離れているけれども

22  それならそれで 手だてはあるのだ

23  ホトトギスが 来て鳴く月に

24  今すぐに 早くならないものか

25  卯の花の 香る山を

26  よそ目に ふり仰いで見ながら

27  近江道の 定められた道を行き

28  青丹を産する 奈良の我家に

29  トラツグミのように 心の中で泣きながら

30  ひそかに恋しく思い 悲しみに沈む

31  門に立って 夕方、道ばたに立って道行く人の言葉を聞いて吉凶を占う

32  私を待って 寝ているであろう妻に 逢って早く見たい

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、「3月5日に、大伴宿禰家持病に臥して作る。恋諸を述べる歌」となっています。恋諸とは、都の妻 大嬢への思いです。

 

 

第17巻3983

あしひきの 山も近きを 霍公鳥 月立つまでに 何か来鳴かぬ

 

あしひきの やまもちかきを ほととぎす つきたつまでに なにかきなかぬ

意味:

山すそを長く引く 山の近いところを ホトトギスが 立夏を過ぎるまでに どうして来て鳴かないのか

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌のタイトルは、次のようになっています。「立夏4月すでに何日も経ているが、それでもやはりホトトギスの鳴くのを聞かない。よって作る恨みの歌」

 

第17巻3988

ぬばたまの 月に向ひて 霍公鳥 鳴く音遥けし 里遠みかも

 

ぬばたまの つきにむかひて ほととぎす なくおとはるけし さとどほみかも

意味:

夜の 月に向かって鳴く ホトトギスの 鳴声が遥かだ まだ里か遠いのかもしれません

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌のタイトルは、「4月16日の夜の内に遥かにホトトギスの鳴くを聞いて思いを述べる歌一首」となっています。

 

第17巻3993

(この歌は3.4章でも取り上げられました)

   藤波は 咲きて散りにき             ふぢなみは さきてちりにき
2   卯の花は 今ぞ盛りと              うのはなは いまぞさかりと
3   あしひきの 山にも野にも            
あしひきの やまにものにも
4   霍公鳥 鳴きし響めば              
ほととぎす なきしとよめば
5   うち靡く 心もしのに              
うちなびく こころもしのに
6   そこをしも うら恋しみと            
そこをしも うらごひしみと
7   思ふどち 馬打ち群れて             
おもふどち うまうちむれて
8   携はり 出で立ち見れば             
たづさはり いでたちみれば
9   射水川 港の渚鳥                
いみづがは みなとのすどり
10  朝なぎに 潟にあさりし             
あさなぎに かたにあさりし
11  潮満てば 夫呼び交す              
しほみてば つまよびかはす
12  羨しきに 見つつ過ぎ行き            
ともしきに みつつすぎゆき
13  渋谿の 荒礒の崎に               
しぶたにの ありそのさきに
14  沖つ波 寄せ来る玉藻              
おきつなみ よせくるたまも
15  片縒りに 蘰に作り               
かたよりに かづらにつくり
16  妹がため 手に巻き持ちて            
いもがため てにまきもちて
17  うらぐはし 布勢の水海に            
うらぐはし ふせのみづうみに
18  海人船に ま楫掻い貫き             
あまぶねに まかぢかいぬき
19  白栲の 袖振り返                
しろたへの そでふりかへし
20  あどもひて 我が漕ぎ行けば           
あどもひて わがこぎゆけば
21  乎布の崎 花散りまがひ             
をふのさき はなちりまがひ
22  渚には 葦鴨騒き                
なぎさには あしがもさわき
23  さざれ波 立ちても居ても            
さざれなみ たちてもゐても
24  漕ぎ廻り 見れども飽かず            
こぎめぐり みれどもあかず
25  秋さらば 黄葉の時に              
あきさらば もみちのときに
26  春さらば 花の盛りに              
はるさらば はなのさかりに      
27  かもかくも 君がまにまと            
かもかくも きみがまにまと
28  かくしこそ 見も明らめめ 絶ゆる日あらめや   
かくしてこそ みもあきらめめ たゆるひあらめや

意味:

1      風で波のように揺れる藤の花は 咲いて散ってしまった

2      卯の花は 今が盛りだ 

3      裾野を長く引く 山にも野にも

4      ホトトギスの 鳴く声が響けば

5      草が風になびいて 心もうちひしがれて 

6      そのことが 心恋しいと

7      気の合う友達と 一緒に馬に乗って

8   連れ立って 出かけて見れば

9   射水川の 河口の洲にいる鳥は

10     朝なぎには 干潟で餌を取り 

11     潮が満ちてくると 相手を呼び交わす

12     美しさに心ひかれつつ それを見ながら過ぎて行く

13     渋谿の  荒礒の崎では  

14     沖の波で 寄せて来る美しい海藻 

15     片方の糸だけにひねりをかけて 髪飾りをつくり

16     妻のために 手に巻いて持って 

17     心も神妙になるような 布勢の湖に

18     海人の船に 左右そろった櫂 (かい) をたくさん取り付けて

19     真っ白な 袖を振り返し

20     みんなでかけ声をかけて 漕いで行くと

21     乎布の崎には 花が散り乱れ

22     渚には 葦鴨が騒き  

23     細かく何度も 立ったり座ったりしながら

24   漕ぎ巡り いくら見ても見飽きることもなく

25     秋になれば 紅葉の時に

26     春になれば 花の盛りに

27     どんな時でも 君のお伴として

28     このようにして 景色を見て心を晴らそう この楽しみが絶える日などないでしょう

作者:

大伴宿禰池主(おおとものすくねいけぬし)、奈良時代の歌人、官人、天平10年(738年)従七位下、大伴家持との関係が深かったと思われる。この歌には、敬みて布勢の水海に遊覧する腑に和ふる一首(布勢の湖を遊覧させて頂いたことに応える一首)というタイトルが付いている。布勢の湖とは、富山県氷見市氷見駅の南西4Kmほどのところにあった湖だという。大伴家持は、746年かた751年まで越中の国守として氷見市の隣の高岡市に住んで、布勢水海を愛し友達と舟遊びをしていたという。

第17巻3996

我が背子が 国へましなば 霍公鳥 鳴かむ五月は 寂しけむかも

 

わがせこが くにへましなば ほととぎす なかむさつきは さぶしけむかも

意味:

あなたが 国(奈良)へ行ってしまったら ホトトギスが 鳴く5月は 寂しいものになるかも知れません

作者:

介(すけ)内蔵忌寸縄麻呂(くらのいみきなわまろ)介は地方官の次官のことです。この歌は、大伴家持に対して読んだ歌でよってこの歌の冒頭の背子は、上司の意味の主人を表しています。

 

第17巻3997

我れなしと なわび我が背子 霍公鳥 鳴かむ五月は 玉を貫かさね

 

あれなしと なわびわがせこ ほととぎす なかむさつきは たまをぬかさね

意味:

私がいなくても 寂しく思わないでください兄弟よ ホトトギスが 鳴く5月は 薬玉を作りなさい

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は、3996の歌を受けて大伴家持が返したものです。この歌では、部下に対

して背子と歌っているが、親しみを込めるための兄弟と翻訳しました。

 

第17巻4007

我が背子は 玉にもがもな 霍公鳥 声にあへ貫き 手に巻きて行かむ

 

わがせこは たまにもがもな ほととぎす こゑにあへぬき てにまきてゆかむ

意味:

私の兄弟は 玉であって欲しい ホトトギスの 声に混ぜ合わせて 手に巻き貫いて行こう

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は、大伴宿禰家持の送別会で、大伴家持が大伴池主に贈った長歌に付けた反歌(長歌)の要約です。意味は翻訳しただけでは分かり難いが、大伴池主が素晴らしいのでホトトギスの声と一緒に連れて行きたいと歌っています。大伴池主がとても気に入られていたようです。

 

第17巻4008

1   あをによし 奈良を来離れ          あをによし ならをきはなれ
2   天離る 鄙にはあれど            あまざかる ひなにはあれど
3   我が背子を 見つつし居れば         わがせこを みつつしをれば
4   思ひ遣る こともありしを          おもひやる こともありしを
5   大君の 命畏み               おほきみの みことかしこみ
6   食す国の 事取り持ちて           をすくにの こととりもちて
7   若草の 足結ひ手作り            わかくさの あゆひたづくり
8   群鳥の 朝立ち去なば            むらとりの あさだちいなば
9   後れたる 我れや悲しき           おくれたる あれやかなしき
10  旅に行く 君かも恋ひむ           たびにゆく きみかもこひむ
11  思ふそら 安くあらねば           おもふそら やすくあらねば
12  嘆かくを 留めもかねて           なげかくを とどめもかねて
13  見わたせば 卯の花山の           みわたせば うのはなやまの
14  霍公鳥 音のみし泣かゆ           ほととぎす ねのみしなかゆ
15  朝霧の 乱るる心              あさぎりの みだるるこころ
16  言に出でて 言はばゆゆしみ         ことにいでて いはばゆゆしみ
17  砺波山 手向けの神に            となみやま たむけのかみに
18  幣奉り 我が祈ひ祷まく           ぬさまつり あがこひのまく
19  はしけやし 君が直香を           はしけやし きみがただかを
20  ま幸くも ありた廻り            まさきくも ありたもとほり
21  月立たば 時もかはさず           つきたたば ときもかはさず
22  なでしこが 花の盛りに 相見しめとぞ    なでしこが はなのさかりに あひみしめとぞ

意味:

1   青丹を産した 奈良を後にして
2   天から遠く離れている 田舎ではあるが
3   私の主人に お会いしていれば
4   気を晴らす こともあったが
5   天皇の 仰せを謹んでお受けし

6   天皇のお治めになる国なので 国の政を執り行って
7   若々しい 裾を結ぶ紐を手作りし 
8   鳥が群がる 朝立ち去ったので

9   後に残された 私は悲しい
10  旅に出る 君かもしれません心が引かれるのは

11  思う心が 不安なので
12  嘆くことを 留めることもできず

13  見渡せば 卯の花の山の
14  ホトトギスは 声音をあげて泣いている
15  朝霧のように 乱れる心 
16  口に出して 言えば恐れ多い

17  砺波山の 供え物をする神に
18  幣を献上し 私の思いを祈願する
19  愛しい あなたが

20  無事に あちらこちらを礼拝し
21  新しい月が来れば 直ぐに
22  撫子の 花の盛りに お会いしましょう

作者:

大伴宿禰池主(おおとものすくねいけぬし)大伴池主が4006,4007の歌に対して、大伴池主が返事として歌ったものです。

 

第17巻4035

霍公鳥 いとふ時なし あやめぐさ かづらにせむ日 こゆ鳴き渡れ

 

ほととぎす いとふときなし あやめぐさ かづらにせむひ こゆなきわたれ

意味:

ホトトギスよ 嫌がっている暇がありません アヤメを 蔓にする日には 大声で鳴き渡りなさい

作者:

田辺福麻呂(たなべのさきまろ)この歌のタイトルは「天平20年春3月23日左大臣橘家の使者、造酒司 令史 田辺福麻呂が大伴宿祢家持の舘の宴で新しい歌を作って、さらに古い歌を歌っておのおのの思いを述べた」とある。

 

第17巻4042

藤波の 咲き行く見れば 霍公鳥 鳴くべき時に 近づきにけり

 

ふぢなみの さきゆくみれば ほととぎす なくべきときに ちかづきにけり

意味:

藤の花が 咲き行くのを見れば ホトトギスが 鳴くべき時期が 近づいているのがわかるよ

作者:

田辺福麻呂(たなべのさきまろ)藤波は、藤の花が波のように揺れる様を表現する言葉です。