第6巻948
この歌は12.1章、21.1章で取り上げられていますが、千鳥も歌われていますので、同じ内容を載せておきます。
1 ま葛延ふ 春日の山は まくずはふ かすがのやまは
2 うち靡く 春さりゆくと うちなびく はるさりゆくと
3 山の上に 霞たなびく やまのへに かすみたなびく
4 高円に 鴬鳴きぬ たかまとに うぐひすなきぬ
5 もののふの 八十伴の男は もののふの やそとものをは
6 雁が音の 次々と来るこの頃 かりがねの きつぐこのころ
7 かく継ぎて 常にありせば かくつぎて つねにありせば
8 友並めて 遊ばむものを ともなめて あそばむものを
9 馬並めて 行かまし里を うまなめて ゆかましさとを
10 待ちかてに 我がせし春を まちかてに わがせしはるを
11 かけまくも あやに畏し かけまくも あやにかしこし
12 言はまくも ゆゆしくあらむと いはまくも ゆゆしくあらむと
13 あらかじめ かねて知りせば あらかじめ かねてしりせば
14 千鳥鳴く その佐保川に チドリなく そのさほがはに
15 岩に生ふる 菅の根採りて いはにおふる すがのねとりて
16 偲ふ草 祓へてましを しのふくさ はらへてましを
17 行く水に みそぎてましを ゆくみづに みそぎてましを
18 大君の 命畏み おほきみの みことかしこみ
19 ももしきの 大宮人の ももしきの おほみやひとの
20 玉桙の 道にも出でず 恋ふるこの頃 たまほこの みちにもいでず こふるこのころ
意味:
1 美しい葛が張り渡る 春日山は
2 草がうちなびく 春が去りゆくと
3 山の上に 霞がたなびき
4 高いところの窓で ウグイスが鳴く
5 朝廷に仕える 多くの役人は
6 北へ帰る雁の 次々と通うこのごろ
7 このような日が続いて これといった変化がなかったから
8 友と並んで 遊んだものを
9 馬を並べて 行った里を
10 待つことができない 私の春を
11 心にかけて思うことも 恐れ多いことです
12 口に出して言うのも 恐れ多いことです
13 事の起こる前から 前もって知っていれば
14 千鳥が鳴く その佐保川(春日山を源流として初瀬川から大和川に流れる)に
15 岩の上に生える 菅(すげ、田の神の宿る神聖な植物)の根を採って
16 思い思いの草を お祓いをしておけばよかったのに
17 流れ行く水で 体を洗い清め
18 天皇の 仰せを恐れ
19 宮中の 宮廷人が
20 玉鉾の 道にも出ないで 天皇を恋ふるこの頃です。
作者:
この 歌の作者は不明です。727年(神亀四年)の春正月に、諸王・諸臣子等に勅(みことのり)して授刀寮(天皇の身辺を守る舎人の寮)に散禁(出入りを禁じる)せしむるときに作る歌となっています。このままでは意味が良く分かりません。しかし、この歌には、次のような反歌とが付いています。
6巻949
梅柳 過ぐらく惜しみ 佐保の内に 遊びしことを 宮もとどろに
うめやなぎ すぐらくをしみ さほのうちに あそびしことを みやもとどろに
意味:
梅や柳の 盛りが過ぎてしまうことを惜しんで 佐保の内で 遊んだことが こんなに宮中を騒がすことになった。
さらにこの反歌には、次のような説明が付いています。
この歌は神亀4年の正月に数人の王子と諸臣の子たちが春日野に集いて打毬の遊びをした。その日たちまちに天が曇り、雨が降り稲光がした。この時に宮中に侍従と侍衛(天皇の警護をする人)とがいなかった。天皇は勅して刑罰を行い、みな授刀寮に解禁させ、道路に出ることができないようにした。そのとき、鬱陶しく感じて、この歌を作った。
以上の説明があると歌の意味が良くわかる。ちょっとしたストレス発散のために皆で遊びに出たら、天皇の怒りに触れて授刀寮に閉じ込められてしまった。憂鬱なことよ。と歌っているのである。
玉鉾は、道にかかるまくら言葉であるが、意味は不明とされる。個人的には、出世の道的な理解が良いと考えている。
第6巻1062
1 やすみしし 我が大君の やすみしし わがおほきみの
2 あり通ふ 難波の宮は ありがよふ なにはのみやは
3 鯨魚取り 海片付きて いさなとり うみかたづきて
4 玉拾ふ 浜辺を清み たまひりふ はまへをきよみ
5 朝羽振る 波の音騒き あさはふる なみのおとさわく
6 夕なぎに 楫の音聞こゆ ゆふなぎに かぢのおときこゆ
7 暁の 寝覚に聞けば あかときの ねざめにきけば
8 海石の 潮干の共 いくりの しほひのむた
9 浦洲には 千鳥妻呼び うらすには チドリつまよび
10 葦辺には 鶴が音響む あしへには たづがねとよむ
11 見る人の 語りにすれば みるひとの かたりにすれば
12 聞く人の 見まく欲りする きくひとの みまくほりする
13 御食向ふ 味経の宮は 見れど飽かぬかも みけむかふ あぢふのみやは みれどあかぬかも
意味:
1 国の隅々までお治めになっている 我が天皇の
2 通い続ける 難波の宮は
3 鯨が捕れる 海に接していて
4 真珠を拾う 浜辺が清らかなので
5 朝、鳥が羽ばたくように 波の音がさわがしい
6 夕なぎに 櫓(ろ)や櫂(かい)の音が聞こえる
7 未明の 寝覚(ねざめ)に聞けば
8 海中の岩石の 引き潮と共に
9 入り江にある州では 千鳥が妻呼び
10 葦辺では 鶴の鳴き声が響きわたる
11 見が人が 語り草にすれば
12 聞く人は 見たいと思う
13 天皇が食事に向かう 味経宮は 見飽きることがない
作者:
田辺福麻呂(たなべのさきまろ)この歌は、田辺福麻呂歌集にもある。万葉集には田辺福麻呂歌集にある歌が、31首ある。それ以外に田辺福麻呂の歌とされているものが13首ある。味経宮は大阪府摂津市別府にあった宮で第36代孝徳天皇の宮である。
第7巻1123
佐保川の 清き川原に 鳴く千鳥 かはづと二つ 忘れかねつも
さほがはの きよきかはらに なくちどり かはづとふたつ わすれかねつも
意味:
佐保川の 清い河原で 鳴く千鳥 蛙と千鳥が一緒にいたのを 忘れることができない
作者:
この歌の作者は不明です。タイトルは「鳥を詠む」となっています。
第7巻1124
佐保川に 騒ける千鳥 さ夜更けて 汝が声聞けば 寐ねかてなくに
さほがはに さわけるちどり さよふけて ながこゑきけば いねかてなくに
意味:
佐保川に 空高く飛ぶ千鳥 夜が更けて お前の声を聞けば 寝ようにも眠れない
作者:
この歌の作者は不明です。タイトルは「鳥を詠む」となっています。
第7巻1125
清き瀬に 千鳥妻呼び 山の際に 霞立つらむ 神なびの里
きよきせに ちどりつまよび やまのまに かすみたつらむ かむなびのさと
意味:
清い浅瀬では 千鳥が妻を呼ぶ 山のわきでは 霞がどうして立つのだろう 神が天から降りて寄りつく里
作者:
この歌の作者は不明です。この歌のタイトルは「故郷を思う」となっています。
第7巻1251
保川に 鳴くなる千鳥 何しかも 川原を偲ひ いや川上る
さほがはに なくなるちどり なにしかも かはらをしのひ いやかはのぼる
意味:
佐保川で 鳴いている千鳥よ(男) なぜそのように 河原(ただの女)を恋い慕って なんで川なんか登るのか
作者:
この歌の作者は不明です。この歌のタイトルは「問答」となっています。
第11巻2680
川千鳥 棲む沢の上に 立つ霧の いちしろけむな 相言ひそめてば
かはちどり すむさはのうへに たつきりの いちしろけむな あひいひそめてば
意味:
川千鳥が 棲む沢の上に 霧が立つように はっきり知られてしまったのだろう 話し合う言葉を密めているのは
作者:
この歌の作者は不明です。この歌のタイトルは「寄物陳思」となっています。寄物陳思とは物に託して思いを表現するという意味で、これに対して、心に思うことをそのまま表現することを「正述心緒」といいます。万葉集では、タイトルが寄物陳思のものが443首、正述心緒のものは263首あります。
第11巻2807
明けぬべく 千鳥しば鳴く 白栲の 君が手枕 いまだ飽かなくに
あけぬべく ちどりしばなく しろたへの きみがたまくら いまだあかなくに
意味:
夜が明けるよと 千鳥がしきりに鳴く 白い布のような 君の手枕 まだ、飽きてないのに
作者:
この歌の作者は不明です。この歌のタイトルは「寄物陳思」となっています。
第12巻3087
ま菅よし 宗我の川原に 鳴く千鳥 間なし我が背子 我が恋ふらくは
ますげよし そがのかはらに なくちどり まなしわがせこ あがこふらくは
意味:
美しい菅(スゲ)が生える 曽我川の河原で 鳴く千鳥のように 絶え間なく私の主人を 私は恋しく思っています
作者:
この歌の作者は不明です。この歌のタイトルは「寄物陳思」となっています。菅は、野山に自生する植物の名前です。曽我川(そががわ)は、奈良県中西部を流れる大和川水系の河川です。
第16巻3872
我が門の 榎の実もり食む 百千鳥 千鳥は来れど 君ぞ来まさぬ
わがかどの えのみもりはむ ももちどり ちどりはくれど きみぞきまさぬ
意味:
私の家の門で えのきの実をもぎって食べる いろんな鳥よ 鳥は来ても 君は来ない
作者:
この歌の作者は不明です。この歌のタイトルは「寄物陳思」となっています。「もり食む」もぎって食べるの意味、千鳥は色々な鳥の意味。