第10巻2195

雁がねの 声聞くなへに 明日よりは 春日の山は もみちそめなむ

 

かりがねの こゑきくなへに あすよりは かすがのやまは もみちそめなむ

意味: 

雁の 声を聞いたので 明日よりは 春日山は 紅葉に染まってしまうだろう    

作者:

この歌の作者は不明です。「声聞くなへ」の表現は10巻2194と同じで、二つのことが並行的に発生していることを表現しています。

 

第10巻2208

雁がねの 寒く鳴きしゆ 水茎の 岡の葛葉は 色づきにけり

 

かりがねの さむくなきしゆ みづくきの をかのくずはは いろづきにけり

意味:

雁が 寒々しく鳴いてから 絶景の 岡の葛の葉は 色づいた

作者:

この歌の作者は不明です。「水茎の」は岡に対するまくら言葉ですが、意味がわかりません。ただ、水の中から植物が茎を伸ばす美しい景色が思い浮かびますので、ここでは絶景と訳しました。

植物が水中で茎を伸ばす美しい景色1

 

植物が水中で茎を伸ばす美しい景色2

 

第10巻2212

雁がねの 寒く鳴きしゆ 春日なる 御笠の山は 色づきにけり

 

かりがねの さむくなきしゆ かすがなる みかさのやま  いろづきにけり

意味:

雁が 寒々しく鳴くと 春日大社近くにある 三笠の山(奈良の若草山のこと)は 紅葉してくるよ

作者:

この歌の作者は不明です。2195、2208、2212と同じ仕掛けの歌です。

 

第10巻2214

夕されば 雁の越え行く 龍田山 しぐれに競ひ 色づきにけり

 

ゆふされば かりのこえゆく たつたやま しぐれにきほひ いろづきにけり

意味:

夕方になると 雁が越えて行く 龍田山は 秋から冬への時雨と先を争い 紅葉して行く

作者:

この歌の作者は不明です。龍田山は奈良県西北部と大阪府東南部との境にある山で紅葉と桜で有名だった。

 

第10巻2224

この夜らは さ夜更けぬらし 雁が音の 聞こゆる空ゆ 月立ち渡る

 

このよらは さよふけぬらし かりがねの きこゆるそらゆ つきたちわたる

意味:

この夜は 夜が更けてしまったらしい 雁の鳴き声が 聞こえる空を 月が渡って行った

作者:

この歌の作者は不明です。月が東からへ移動したことで夜が更けたと感じると歌っています。月を見ながら寝ていたのでしょうか。この時代に時間を知るための道具といったら天智天皇の水時計しかなかったのだろうし、そんなものが個人で使える訳はないし、やはり時間の経過を知る確実な方法は、自分の感覚以外では月の移動だったのでしょう。

 

第10巻2238

天飛ぶや 雁の翼の 覆ひ羽の いづく漏りてか 霜の降りけむ

 

あまとぶや かりのつばさの おほひばの いづくもりてか しものふりけむ

意味:

空を飛ぶ 雁の翼を 覆う羽の どこか漏れているので 霜が降るのだろう

作者:

この歌の作者は不明です。センスとユーモアの歌です。

 

第10巻2266

出でて去なば 天飛ぶ雁の 泣きぬべみ 今日今日と言ふに 年ぞ経にける

 

いでていなば あまとぶかりの なきぬべみ けふけふといふに としぞへにける

意味:

出て行けば 空飛ぶ雁のように 鳴いてしまうに違いない 今日行く今日行くといいながら 年を取ってしまった

作者:

この歌の作者は不明です。決断することのメリットとデメリットが頭に浮かび決断することができないことを歌っているが、最後の「年」は歳なのか年なのかにより、歳を取ってしまったとも、1年も経ったしまったの二つの読みからができる。

 

第10巻2276

雁がねの 初声聞きて 咲き出たる 宿の秋萩 見に来我が背子

 

かりがねの はつこゑききて さきでたる やどのあきはぎ みにこわがせこ

意味:

雁の声の 初声を聞いて 咲き出しました 私の家の秋萩が 見に来てください私の恋人よ

 

作者:

この歌の作者は不明です。分かり易くて景色も見える良い歌です。この歌のタイトルは「花に寄せる」となっていて主役は秋萩です。

 

第10巻2294

秋されば 雁飛び越ゆる 龍田山 立ちても居ても 君をしぞ思ふ

 

あきされば かりとびこゆる たつたやま たちてもゐても きみをしぞおもふ

意味:

秋が来れば 雁が飛んで越えて行く 龍田山 立っても居ても 君を思ってしまいます  

作者:

この歌の作者は不明です。龍田山は大阪府(河内国)と奈良県(大和国)の境にあり、ここを超えると君のいる国があるので、ここを飛び越える雁を見ると、立っても居てもいられなくなります。

 

第12巻3048

み狩りする 雁羽の小野の 櫟柴の なれはまさらず 恋こそまされ

 

みかりする かりはのをのの ならしばの なれはまさらず こひこそまされ

意味:

貴人が狩をする 雁が舞う野原の コナラ(馴れ馴れしさ)よ 彼女と馴れ馴れしくなれず 恋しさが増すばかりだ

作者:

この歌の作者は不明です。この歌の意図は、最後の2句ので「彼女と親しくなれず 恋しさがつのる」ということであるが、「なれはまさらず」の「なれ」をおこすために「ならしば」を使っている。雁羽の小野については、作者の創作の場所と思います。

 

第10巻3223

1   かむとけの 雲らふ空の          かむとけの くもらふそらの
2   九月の しぐれの降れば          
ながつきの しぐれのふれば
3   雁がねも いまだ来鳴かぬ         
かりがねも いまだきなかぬ
4   神なびの 清き御田屋の          
かむなびの きよきみたやの
5   垣つ田の 池の堤の            
かきつたの いけのつつみの
6   百足らず 斎槻の枝に           
ももたらず いつきのえだに
7   瑞枝さす 秋の黄葉            
みづえさす あきのもみちば
8   まき持てる 小鈴もゆらに         
まきもてる をすずもゆらに
9   手弱女に 我れはあれども         
たわやめに われはあれども
10  引き攀ぢて 枝もとををに         
ひきよぢて えだもとををに
11  ふさ手折り 我は持ちて行く 君がかざしに 
ふさたをり わはもちてゆく きみがかざしに

意味:

1   雷がはじけ渡る  曇った空の
2   九月(ながつき)の 冷たい雨が降れども

3   雁は まだ来て鳴かない
4   神が天から降りて寄る 神田を守る小屋の
5   垣根で囲った田の 池の堤の 

6   たくさんの 神が宿るという槻(つき、槻には神が宿るという、けやきの古名)の木の枝に
7   みずみずしく色づいた 秋のもみじの葉を
8   手に巻き付けて持って 小鈴をからからと鳴らし
9   女性のような 我れではあるが
10  つかんで引き寄せて たわみしならせて
11  ふさふさと手折って 我は持って行く あなたの髪飾りにするために

作者:

この歌の作者は不明です。この歌の作者の名前が不明なためこの歌の作者は女性な男性がはっきりしません。歌の最後では、「あなたの髪飾りにするために紅葉を贈る」といことか書かれていますので男性と思われます。しかし、途中では自分のことを「手弱女」だといっていますので女性と考えられ矛盾しますが、ここでは、「手弱女のような自分」として男性としました。