第10巻2135

おしてる 難波堀江の 葦辺には 雁寝たるかも 霜の降らくに

 

おしてる なにはほりえの あしへには かりねたるかも しものふらくに

意味:

一面に照る 難波の堀江の 葦が生えている水辺には 雁が寝たかな 霜が降っているのに

作者:

この歌の作者は不明です。堀江は掘って水を通した人工の運河、ここでは大和川を大阪湾に流すために作った人口の運河です。大阪湾の砂の流れや地形の複雑さから大和から流れ出る大和川の水の排水が悪く、これを改善するために古代に工事をしたという。

 

第10巻2136

秋風に 山飛び越ゆる 雁がねの 声遠ざかる 雲隠るらし

 

あきかぜに やまとびこゆる かりがねの こゑとほざかる くもがくるらし

意味:

秋の風に 山を飛んで越える 雁の鳴く 声が遠ざかる 雲に隠れたらしい

作者:

この歌の作者は不明です。非常に単純な歌ですが、広々とした景色が思い浮かぶ良い歌です。

 

第10巻2137

朝に行く 雁の鳴く音は 我がごとく 物思へれかも 声の悲しき

 

あさにゆく かりのなくねは あがごとく ものもへれかも こゑのかなしき

意味:

朝、飛んで行く 雁の鳴く声は 私のように 物思いのせいか 声が悲しく聞こえます

作者:

この歌の作者も不明です。聴く人の心で、鳥の声も違って聞こえたのでしょう。

 

第10巻2138

鶴がねの 今朝鳴くなへに 雁がねは いづくさしてか 雲隠るらむ


たづがねの けさなくなへに かりがねは いづくさしてか くもがくるらむ
意味:
鶴の声が 今朝鳴いた丁度そのときに ガンの声が どこか目指して飛び 雲の中に隠れる
作者:
この歌の作者は不明です。この歌の中には鶴も歌われていますので、この資料の2.3章の鶴の項でも取り上げられました。

 

第10巻2139

ぬばたまの 夜渡る雁は おほほしく 幾夜を経てか おのが名を告る

 

ぬばたまの よわたるかりは おほほしく いくよをへてか おのがなをのる

意味:

真っ黒な 夜渡る雁は 声がおぼろげだ 幾夜か過ぎると 自分の名前を告げるようになる

作者:

この歌の作者は不明です。2128から歌われ続けて来た雁ですが、ここで一旦終わりですが、2144にもう一首雁の歌があります。

 

第10巻2144

雁は来ぬ 萩は散りぬと さを鹿の 鳴くなる声も うらぶれにけり

 

かりはきぬ はぎはちりぬと さをしかの なくなるこゑも うらぶれにけり

意味:

冬鳥の雁が来て 萩が散ったとでもいうように 雄の鹿の 鳴き声も 輝きを失った

作者:

この歌の作者は不明です。この歌は12.4章の2126で「秋萩は 雁に逢はじと 言へればか 声を聞きては 花に散りぬる」と歌っているのと同様の状況を歌っています。

 

第10巻2181

雁が音の 寒き朝明の 露ならし 春日の山を もみたすものは

 

かりがねの さむきあさけの つゆならし かすがのやまを もみたすものは

意味:

雁の鳴き声が 寒々と聞こえ朝の東の空が明るくなるころ たしかに露だなあ 春日の山を 色づかせるものは  

作者:

この歌の作者は不明です。少しひねりが効いた歌のように感じます。

 

第10巻2183

雁がねは 今は来鳴きぬ 我が待ちし 黄葉早継げ 待たば苦しも

 

かりがねは いまはきなきぬ わがまちし もみちはやつげ またばくるしも

意味:

雁は 今来て鳴いている 私が待っている 紅葉よ雁に早く続け 待っているのはつらいよ

作者:

この歌の作者は不明です。この歌では、雁と紅葉を掛けて歌っています。この歌のように二つのものを掛けて、それに自分の気持ちを伝えるというのは、歌の一つのスタイルです。

 

第10巻2191

雁が音を 聞きつるなへに 高松の 野の上の草ぞ 色づきにける

 

かりがねを ききつるなへに たかまつの ののうへのくさぞ いろづきにける

意味:

雁の鳴き声を 聞いている間に 高松の 野原の草は 紅葉して来た 

作者:

この歌の作者は不明です。「なえ」は先に述べる事態と同時に他の事態も存在することを表していて、同時に二つのことが進行していることを表現している。

 

第10巻2194

雁がねの 来鳴きしなへに 韓衣 龍田の山は もみちそめたり

 

かりがねの きなきしなへに からころも たつたのやまは もみちそめたり

意味:

雁が 来て鳴いてる間に 唐の着物のように美しい 龍田の山は 紅葉が色づいた

作者:

この歌の作者は不明です。龍田の山は奈良県西北部と大阪府東南部との境にある山で桜や紅葉が美しい山です。