第8巻1757

1   草枕 旅の憂へを           くさまくら たびのうれへを
2   慰もる こともありやと        
なぐさもる こともありやと
3   筑波嶺に 登りて見れば        
つくはねに のぼりてみれば
4   尾花散る 師付の田居に        
をばなちる しつくのたゐに
5   雁がねも 寒く来鳴きぬ        
かりがねも さむくきなきぬ
6   新治の 鳥羽の淡海も         
にひばりの とばのあふみも
7   秋風に 白波立ちぬ          
あきかぜに しらなみたちぬ
8   筑波嶺の よけくを見れば       
つくはねの よけくをみれば
9   長き日に 思ひ積み来し 憂へはやみぬ 
ながきけに おもひつみこし うれへはやみぬ

意味:
1   仮寝の床の 旅の嘆きの
2   気分を晴らす こともできるかと
3   筑波嶺(筑波山の旧名)に 登って見れば
4   すすきの花穂の散る 師付の田居(かすみがうら市中志筑)に
5   雁の鳴き声も 寒く来て鳴く
6   新治(茨城県にあった郡)の 鳥羽の淡海(現在の小貝川近くにかってあった大きな湖)も
7   秋風に 白波が立つ
8   筑波嶺の 素晴らしさ見れば
9   長いこと 思い積もって来た 心配ごとはなくなる

 

作者:

高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ) この歌のタイトルは筑波山に登る歌一首あわせて短歌となっている。万葉集中に高橋虫麻呂の歌は、36首ある。虫麻呂の歌は日本の各地の地名(千葉、大阪、埼玉、茨城、奈良、兵庫など)を含む風物や伝説、動物や植物などに関する歌が多い。1744には、小崎沼(行田市)の旋頭歌がある。

 

第10巻2097

雁がねの 来鳴かむ日まで 見つつあらむ この萩原に 雨な降りそね

 

かりがねの きなかむひまで みつつあらむ このはぎはらに あめなふりそね
意味: 
雁の 来て鳴く日まで 見ていよう この萩の原で 雨よ降らないで

作者:

この歌の作者は不明です。萩原がどこのことか不明ですので、ここでは萩の原としました。「雨な降りそね」の「な」は否定の意味です。notが「na」になっているのは面白いですね。

 

第10巻2126

秋萩は 雁に逢はじと 言へればか  [言へれかも]  声を聞きては 花に散りぬる

あきはぎは かりにあはじと いへればか [いへれかも] こゑをききては はなにちりぬる
意味: 
秋の萩は 雁には逢はないと 言ったのか 雁の声を聞いて 花を散らせる

作者:
この歌も作者は不明です。雁は秋の後半にやって来くるので、秋の萩とはすれ違いになることを歌ったものです。最近では、気候変動のおかげで、雁のくる時期も萩の咲く時期も場所もづれていると思いますが、このすれ違いには、変化が無いのかもしれません。萩を擬人化して意識があるようにして、生き生きを歌っています。大伴家持風の自然に対する観察力の行き届いた歌です。

第10巻2128

秋風に 大和へ越ゆる 雁がねは いや遠ざかる 雲隠りつつ


あきかぜに やまとへこゆる かりがねは いやとほざかる くもがくりつつ
意味: 
秋風の中を 大和へ飛んで行く 雁の声は ああ遠ざかる 雲に隠れながら 

作者:
この歌の作者は不明です。歌のタイトルは雁を詠むとなっています。見たままの歌で分かり易いです。この後、2039まで、雁の歌が続きます。

第10巻2129

明け暮れの 朝霧隠り 鳴きて行く 雁は我が恋 妹に告げこそ


あけぐれの あさぎりごもり なきてゆく かりはあがこひ いもにつげこそ
意味: 
朝夕の 霧が深くたち込める中を 鳴きながら飛んで行く 雁よ私の恋を 恋人に告げてよ
作者
この歌の作者も不明です。歌のタイトルは雁を詠むとなっています。歌の中では、「朝夕の朝霧」になりますが「朝夕の霧」にしておきます。この歌は雁が大声で鳴きながら飛んで行く姿に、恋人への思いを託しています。

 

第10巻2130

我が宿に 鳴きし雁がね 雲の上に 今夜鳴くなり 国へかも行く


わがやどに なきしかりがね くものうへに こよひなくなり くにへかもゆく

意味:

私の家で 鳴いていた雁 雲の上で 今夜は鳴く声がするよ 国へ行くのかな
作者:

この歌の作者も不明です。歌のタイトルは雁を詠むとなっています。この歌の中で、「鳴きし雁が音」の表現があるが、雁が音が、雁そのものを表現していることが明確です。雁が音は、原文では、雁鳴、鴈之鳴、雁音、鴈鳴者、切木四之泣、折木四哭(最後の二つは高度な当て字)などがありますが、どれも雁が鳴くことを示しています。この章の最初に書きましたが雁には、マガン、ヒシクイ、カリガネの3種類がいるようで少しややこしいです。

 

第10巻2131

さを鹿の 妻どふ時に 月をよみ 雁が音聞こゆ 今し来らしも

 

さをしかの つまどふときに つきをよみ かりがねきこゆ いましくらしも
意味: 

雄の鹿が 妻問いをする時に 月夜を見ると 雁の声が聞こえる 今まさに雁が来るだろう
作者: 

この歌の作者は不明です。2128-2130までが遠ざかる雁の鳴き声を歌っているのに対して、この歌では今こちらに来る雁を歌っています。一連の歌は歌会における問答のような歌かも知れません。

 

第10巻2132

天雲の 外に雁が音 聞きしより はだれ霜降り 寒しこの夜は [いやますますに 恋こそまされ]

 

あまくもの よそにかりがね ききしより はだれしもふり さむしこのよは (いやますますに こひこそまされ)
意味: 

天の雲の 外から雁の鳴き声が 聞こえて来た うっすらと霜が降りて この夜は寒くなった[いよいよ益々 恋しくなってきた]

作者: 

この歌の作者は不明です。最初の「天雲、あまくも」ですが「天の雲と」訳しましたが、「雨雲」でも良いのではないかと思いますが、万葉集では「雨」という言葉はたくさん使われていますが「雨雲」という言葉は一度も使われていません。

 

第10巻2133

秋の田の 我が刈りばかの 過ぎぬれば 雁が音聞こゆ 冬かたまけて

 

あきのたの わがかりばかの すぎぬれば かりがねきこゆ ふゆかたまけて

意味:

秋の田圃の 私の刈り取る分担区域を 過ぎようとしたとき 雁の鳴き声が聞こえ この冬が真近いです
作者: 

この歌の作者は不明です。刈りばかは刈り取る分担区域の意味ですが、「ばか」は捗る(はかどる)の「はか」です。

 

第10巻2134

葦辺なる 荻の葉さやぎ 秋風の 吹き来るなへに 雁鳴き渡る [秋風に 雁が音聞こゆ 今し来らしも]

 

あしへなる をぎのはさやぎ あきかぜの ふきくるなへに かりなきわたる(あきかぜに かりがねきこゆ いましくらしも)
意味: 

葦が生える水辺に 荻の葉がさやさやと音を立てる 秋風が 吹いて来た丁度そのとき 雁が鳴きながら渡っていった[秋風に 雁の鳴き声が聞こえ 今まさに来るらしい] 
作者: 

この歌の作者は不明です。この近くの雁の歌は、景色を表現するもので分かり易いものが多いです。