最初は忍川にいる鳥で最も大きい鳥は、前章のダイサギと、この章で取り上げるアオサギです。万葉集でアオサギは「たづ」と呼ばれています。万葉集の原文は当て字で書かれていますので「多頭」「田豆」「鶴」などの字が宛てられています。しかし、アオサギだけが「たづ」と呼ばれていたのではなく、鶴に似ている鳥で、タンチョウ、ナベヅル、マナヅル、コウノトリ、アオサギ、オオハクチョウなどがまとめて呼ばれていたらしいです。また、まれに渡来するクロヅル、アネハヅル、ソデグロヅルも含まれているといいます。ここで「たづ」と呼ばれている鳥のほとんどは黒と白の羽を持っていますが、オオハクチョウだけは白い羽で黒い部分はありません。

アオサギ (画像クリックで拡大)

 

「現在、たくさんのシラサギが見られるのに、万葉の時代4首しかシラサギの歌がないというのは、不思議なことです。」という1章の疑問に答えるために2章では、万葉集で歌われている鶴歌について「ダイサギ」が入っていないか分析します。

 

一般的に考えて、サギの生息数と鶴の生息数の比とサギの歌数と鶴の歌数の比には、ある程度似たような関係があることが期待されます。しかし、サギの歌が4首であるのに対して鶴の歌が47首もあるのは鶴の歌が余りにも多過ぎるような気がします。鶴の数がサギの数の12倍も生息している等考えられない。一般的に鶴より何倍も多くのサギが生息しているように考えられるますがどうでしょうか。

 

多くの鶴の羽には、白い部分と黒い部分からなっていて、サギは、純白の羽を持っている。しかし、足が長く身長も高いし首も長く体形的には似たところもある。サギを鶴と呼んでしまっていることはないだろうか。

 

そこで万葉集の中で鶴を歌った歌が鶴の何(どんな動作)を歌ったのか調査した。その結果を次の表に示す。

 

万葉集の歌での鶴の動作

歌の番号 歌の中の鶴の情景 鶴動作1 鶴動作2 鶴動作3
67 鶴が音も 聞こえずありせば 鳴く
71 鶴鳴くべしや 鳴く
271 鶴鳴き渡る 鳴く 渡る
273 鶴さはに鳴く 鳴く
324 鶴は乱れ 乱れる
352 鶴がね鳴きて 鳴く
389 鶴さはに鳴く 鳴く
456 葦鶴の 哭のみし泣かゆ 鳴く
509 鳴く鶴の 鳴く
575 入江にあさる 葦鶴の あさりする
592 鳴くなる鶴の 鳴く
760 鳴く鶴の 鳴く
919 鶴鳴き渡る 鳴く
961 鳴く葦鶴は 鳴く
1000 鳴くなる鶴の 暁の声 鳴く
1030 鶴鳴き渡る 鳴く 渡る
1062 鶴が音響む 鳴く
1064 葦辺に騒く 白鶴の 妻呼ぶ声は 鳴く 騒ぐ
1160 鶴渡る見ゆ 渡る
1165 あさりする鶴 あさりする
1175 行く鶴の 行く
1198 あさりすと 礒に棲む鶴 あさりする 棲む
1199 鶴翔る見ゆ 飛ぶ
1453 鶴が妻よぶ 鳴く
1545 川瀬の鶴は 鳴かずともよし 鳴く
1791 我が子羽ぐくめ 天の鶴群 羽ぐくむ(温める)
2138 鶴がねの 今朝鳴くなへに 鳴く
2249 鶴がねの 鳴く
2269 鳴く鶴の 鳴く
2490 飛ぶ鶴の 飛ぶ
2768 葦鶴の 騒く入江の 騒ぐ
2805 鳴き来る鶴の 音どろも 鳴く
3522 鳴き行く鶴の 鳴く
3523 安倍の田の面に いる鶴のように 心引かれる君に 心を引く
3595 鶴が声すも 鳴く
3598 あさりする鶴 鳴き渡るなり あさりする 鳴く 渡る
3626 鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る 鳴く 飛ぶ 渡る
3627 葦辺には 鶴鳴き渡る 鳴く 渡る
3642 あさりする鶴 鳴きて騒きぬ あさりする 鳴く 騒ぐ
3654 鶴鳴き渡る 鳴く 渡る
4018 鶴多に鳴く 鳴く
4034 あさりしに 出でむと鶴は 今ぞ鳴くなる あさりする 出る 鳴く
4116 鶴が鳴く 鳴く
4398 鶴が音の 鳴く
4399 鶴が音の 鳴く
4400 鶴が鳴く 鳴く

 

上の歌で歌われている鳥について判定してみよう。この中で「鳴く」ことがたくさんの歌で歌われているが、この「鳴く」ことが歌われている歌は、鶴を歌っているものと考えられる。なぜなら、鶴は「鶴の一声」という言葉があるように、鳴くときは、一言づつであるがけたたましい声を上げる。

https://www.youtube.com/watch?v=IANFGqOuet0

https://www.youtube.com/watch?v=rLrvD5iXK5k
https://www.youtube.com/watch?v=sUKP1dyqQcw

青サギは鶴ほとでないが、鶴に近いような一言づつの鳴き声をだす。

https://www.youtube.com/watch?v=wYavftkKDbE

 

これに対して、白鷺(ダイサギ)は静かな鳥であり、鳴かないことはないがたいした声を上げない。しわがれた声で、「カカカカ」と希に声を出すだけで、通常50羽程のダイサギがいても声は聞こえない。Youtubeでもダイサギの鳴き声に関する情報は、非常に少ない。

このことから「鳴く」ことを歌にした「たづ」は鶴を歌ったものとして間違い。

 

同様にして「騒ぐ」や「乱れる」ことも鶴の特徴でダイサギは多数でいても騒いでいるような感じはない。激しく飛び回ったり大声を上げないのある。

 

このように、「鳴く」「騒ぐ」「乱れる」を基準にして確実に鶴と考えられるものを選ぶと次のようになる。46首中の35から36首は鶴と考えられるので万葉集中で「たづ」と呼んでいるものは、ほとんど鶴で白鷺は含まれていないと考えことが適切であろう。

 

動作からの鳥の判定

歌の番号 歌の中の鶴の情景 鶴動作1 鶴動作2 鶴動作3 判定
4034 あさりしに 出でむと鶴は 今ぞ鳴くなる あさりする 出る 鳴く
1198 あさりすと 礒に棲む鶴 あさりする 棲む
1064 葦辺に騒く 白鶴の 妻呼ぶ声は 鳴く 騒ぐ
271 鶴鳴き渡る 鳴く 渡る
1030 鶴鳴き渡る 鳴く 渡る
3627 葦辺には 鶴鳴き渡る 鳴く 渡る
3654 鶴鳴き渡る 鳴く 渡る
3626 鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る 鳴く 飛ぶ 渡る
3598 あさりする鶴 鳴き渡るなり あさりする 鳴く 渡る
3642 あさりする鶴 鳴きて騒きぬ あさりする 鳴く 騒ぐ
575 入江にあさる 葦鶴の あさりする
1165 あさりする鶴 あさりする
3523 安倍の田の面に いる鶴のように 心引かれる君に 心を引く
2768 葦鶴の 騒く入江の 騒ぐ
1199 鶴翔る見ゆ 飛ぶ
2490 飛ぶ鶴の 飛ぶ
67 鶴が音も 聞こえずありせば 鳴く
71 鶴鳴くべしや 鳴く
273 鶴(鵠)さはに鳴く 鳴く 鶴、白鳥
352 鶴がね鳴きて 鳴く
389 鶴さはに鳴く 鳴く
456 葦鶴の 哭のみし泣かゆ 鳴く
509 鳴く鶴の 鳴く
592 鳴くなる鶴の 鳴く
760 鳴く鶴の 鳴く
919 鶴鳴き渡る 鳴く
961 鳴く葦鶴は 鳴く
1000 鳴くなる鶴の 暁の声 鳴く
1062 鶴が音響む 鳴く
1453 鶴が妻よぶ 鳴く
1545 川瀬の鶴は 鳴かずともよし 鳴く
2138 鶴がねの 今朝鳴くなへに 鳴く
2249 鶴がねの 鳴く
2269 鳴く鶴の 鳴く
2805 鳴き来る鶴の 音どろも 鳴く
3522 鳴き行く鶴の 鳴く
3595 鶴が声すも 鳴く
4018 鶴多に鳴く 鳴く
4116 鶴が鳴く 鳴く
4398 鶴が音の 鳴く
4399 鶴が音の 鳴く
4400 鶴が鳴く 鳴く
1791 我が子羽ぐくめ 天の鶴群 羽ぐくむ(温める)
324 鶴は乱れ 乱れる
1175 行く鶴の 行く
1160 鶴渡る見ゆ 渡る

 

こうして見ると、ほとんどが鶴とあり、白鷺(ダイサギ)の歌の少なさと鶴の歌の多さはどうしてなのかという疑問が残るが、これについては次のように考えることが良いと思う。

 

鶴は、頻繁に鳴くし騒がしい。夫婦仲が良い。この性質が歌にとって扱いやすく歌の題材として良く使われたと思われる。

 

これに対して白鷺(ダイサギ)は、余り鳴かない、また、純白の羽を持っている。鶴に比較すると騒がしくない。これらの性質が歌の題材としては扱いにくかったものと思われる。ただ、日本武尊の死や神社の上空を飛ぶダイサギのような神がかりのような少ないケースでは題材として利用できたものと考えられる。

 

このように、万葉集では、鳥の数に比例して歌があるのではなくそれぞれのケースが題材として使いやすい鳥が利用された結果、実際の鳥の数と鳥の歌の数は比例しなくなったと考えられる。

次に、万葉集に現れる「鶴」の歌のすべてについて、解説を加える。