紅は         (くれなゐは)

うつろふものぞ    (うつろふものぞ)

橡の         (つるはみの)

なれにし衣に     (なれにしきぬに)

なほしかめやも    (なほしかめやも)

意味:

紅花で染めた着物は

色が変わって行くもので

くぬぎの実(どんぐり)で染めた

着なれた衣には及びません

作者:大伴宿祢家持

大伴家持は、万葉集の編者と考えられているが、746年に28才で越中守になり現在の富山県に赴任し約5年間務めた後、再度都に都に帰るが、この赴任中にたくさんの歌を作っている。この歌もその赴任中の歌です。この歌では、「紅花で染めた着物」とは左夫流子という名前の遊女と表して、「くぬぎの実で染めた着なれた衣」とは、都で暮らす本妻のことを表していて、「遊女は本妻に及びません」と歌っています。

それが分るのは、この歌は、次の第18巻4106の反歌になっていて、この歌では、都の妻のことを思いながらも左夫流子と親しくしている様子が歌われています。

 

 

第18巻4106

1  大汝 少彦名の
(おほなむち すくなびこなの)
2  神代より 言ひ継ぎけらく

(かむよより いひつぎけらく)
3  父母を 見れば貴く

(ちちははを みればたふとく)
4  妻子見れば かなしくめぐし

(めこみれば かなしくめぐし)
5  うつせみの 世のことわりと

(うつせみの よのことわりと)
6  かくさまに 言ひけるものを

(かくさまに いひけるものを)
7  世の人の 立つる言立て

(よのひとの たつることだて)
8  ちさの花 咲ける盛りに

(ちさのはな さけるさかりに)
9  はしきよし その妻の子と

(はしきよし そのつまのこと)
10 朝夕に 笑みみ笑まずも

(あさよひに ゑみみゑまずも)
11 うち嘆き 語りけまくは

(うちなげき かたりけまくは)
12 とこしへに かくしもあらめや

(とこしへに かくしもあらめや)
13 天地の 神言寄せて

(あめつちの かみことよせて)
14 春花の 盛りもあらむと

(はるはなの さかりもあらむと)
15 待たしけむ 時の盛りぞ

(またしけむ ときのさかりぞ)
16 離れ居て 嘆かす妹が

(はなれゐて なげかすいもが)
17 いつしかも 使の来むと

(いつしかも つかひのこむと)
18 待たすらむ 心寂しく

(またすらむ こころさぶしく)
20 射水川 流る水沫の

(いみづかは ながるみなわの)
21 寄る辺なみ 左夫流その子に

(よるへなみ さぶるそのこに)
22 紐の緒の いつがり合ひて

(ひものをの いつがり合ひて)
23 にほ鳥の ふたり並び居

(にほどりの ふたりならびゐ)
24 奈呉の海の 奥を深めて

(なごのうみの おきをふかめて)
25 さどはせる 君が心の すべもすべなさ

(さどはせる きみがこころの すべもすべなさ)

 

意味:

1  大己貴命(おほなむちのみこと、大国主の別名) 少彦名(スクナビコナ、大国主の国造りに参加)の
2  神代より 言い継がれて来たことには
3  父母を 見れば貴く
4  妻子をみれば しみじみと愛しい
5  この世の 世の道理と
6  このように 言って来て
7  世の人が はっきりと誓った
8  エゴノキの花が 咲く盛りに
9  ああ、なつかしい その妻と
10 朝夕に 笑ったり、笑わずに
11 嘆いたりして 語り合ったことには
12 永遠に このようにあってほしい
13 天地の 神様、言葉を添えて助力して欲しい
14 春の花の 盛りもあるだろうと
15 待っていた 時の盛りですぞ
16 離れていて 嘆いていた妻が
17 今すぐにも 使いが来ると
18 待っているだろう 心寂しく
20 射水川 流れる水しぶきの
21 寄せる岸辺の波 左夫流(さぶる)という名の遊女に
22 紐の緒を結んで つながり合って
23 にほ鳥のように ふたりで並んで
24 奈呉の海(富山県西部海岸)の 奥底までに
25 血迷わせる 君の心は どうすることもできない

作者: 大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は、反歌3首を含めて天平感宝1年5月15日に作ったということが記されている。この歌の後には、都の本妻が突然、家持の所に来てしまいあわてている様子が歌われている。歌の番号は4110で次のようなものである。

第18巻4110

左夫流子が 斎きし殿に 鈴懸ぬ 駅馬下れり 里もとどろに

さぶるこが いつきしとのに すずかけぬ はゆまくだれり さともとどろに

意味:

左夫流子が

大切にかしづいていた(皮肉)御殿に

鈴もつけない妻の早馬が都から下ってきた

里は大騒ぎになった 

 

クヌギ:

万葉集で、「橡(つるはみ)」と呼ばれているのは、くぬぎの実、ドングリの古名です。そのドングリ、または、その傘を煮た汁を使って染めた布や色(茶色、こげ茶色、黒など)も「つるばみ」と言います。

万葉集には、つるばみが歌われている歌が6首あります。

くぬぎは雑木林で良く見かける樹木で、樹皮には、縦に深い裂け目がある。樹高は15-20mと高い。秋になると、ドングリが実る。他のドングリより大きく直径2cm程で良く目立つ。シイタケ栽培のほだ木として利用される。

クヌギ